風の音に混じって、誰かがこちらにやってくる気配がする。
まだ匂いがわからない。少しおさまってきたとはいえ、生き物の匂いを四散させてしまうには十分な風が吹き続けているのだ。
ユウキなのだろうか?
それとも、まだ、あの人はやってこないのだろうか?
そろそろ待つのにも疲れてきた。
早く来てほしい。
私を探しに来てほしい。
でなければ、何度でも、幾度でも、私は狩りを続けてしまう。
今度こそ、間違いなくユウキでありますように。
そんな期待と共に振り返ると、そこには懐かしい匂いを持つあの人がいた。
自然と顔に笑みが浮かぶ。
「私を、殺しにきたのね」
私の言葉に、彼は目で見て解るほどに肩を震わせた。砂よけの防砂マスクで顔は見えないけれど、きっと苦渋に満ちた顔をしているのだろう。
血まみれの私を見て、何が起こったのかわからないほど、彼は莫迦ではない。
「あなたなら殺せるでしょう? この星の住人なのだから」
ユウキは、優秀なハンターだ。
狩りに失敗したことは一度もなかった。
以前の私だったら、彼を相手に勝てるなどとは思わなかっただろう。けれど、外の世界に出てから、私もいろいろな経験をした。
「私は、黙って殺されるつもりはないから」
だって、あなたを食べるのは、私だから。他の誰かに譲るつもりはない。
「何故なんだ?」
何年かぶりに聞いた声は、最後に聞いた響きと同じだった。
苦しんで、悲しんで、私を理解できない、そんな声。
「何故? わからないわ。どうしようもないのよ。殺したくて、殺したくて、仕方ないの」
理由がわかったら、それを押さえる努力をしている。
わからないのだ。
何故、殺したいのか。
何故、食べたいのか。
何故―――愛しい人が狂おしいほど欲しいのか。
「愛しているわ」
誰よりも、何よりも。
でも、私たちは解りあえない。
種族が違うとか、性別が違うとか、そんなことが理由じゃない。考え方も、感じ方も、恐らく愛し方も違うのだ。
どこまでいっても平行線で、決して交わることのない事実を再び突きつけられて、私は三年前と同じく、絶望した。
ただ、あの時と違うのは、彼が私をまっすぐに見つめていることだ。
ハンターと獲物という立場だけれど、初めて彼は私自身を見ている。
そんなことが嬉しいなんて、本当に私はどうかしている。恐らく、このこともユウキは理解できないだろう。
ゆっくりと、呼吸を整える。
ユウキは来てくれた。
望みは叶ったのだ。
ならば、本能のまま生きる私になろう。
彼を欲しいと思う、ただの獣になろう。
「ねえ、どうする? 少しは抵抗する? それとも、黙ってあっさり殺されてくれる?」
私の問いに、ユウキは小さく首を振ると、防砂マスクを剥ぎ取った。
少しだけ皺の増えた顔に、懐かしさと愛しさを感じる。
やはり私は彼が好きなのだと思うと、泣きたくなった。
内心の想いは態度には出さないけれど。
「やる気になってくれたみたいね」
長い舌でぺろりと唇を舐めると、私は笑った。
「どうぞ、変身するまでは、待ってあげるわよ」
強くキレイなあなたの姿を、もう一度見たい。
その体が、苦痛に歪み、叫ぶ声を聞きたい。
砂の向こうにいるあなたに向かって、私は吠えた。
さあ、始めよう。
どちらが生き残るのか―――賭けてみよう。
すべてがここで終わりになるのか。
すべてを敵にして、また逃げ続けることになるのか。
その答えを知っているのは、空に浮かぶ見えない月だけだ。