砂嵐の中、それなりの距離を歩いた頃、アンドロイドは止まった。
「私の中に残る記録によれば、マイク様はこの辺りを目指していました」
辺りには何も見えないが、ラーギグィスはここが数ある遺跡の中の一つであることを知っている。規模はそれほどではないが、保存状態は良かったはずだ。
「入り口は……この辺りではないかと」
やや右にずれた場所をアンドロイドは示す。
砂嵐と磁気によって、多少の誤差はあるようだが、アンドロイドに迷いはない。だからだろうか、ラーギグィスは疑問に思った。
ここでは位置情報を確認するためのシステムは役に立たない。
原始的だが、独自に作られた地図と感覚によって、この星の住民は位置を把握するが、そのために設けられた印も、この星の者以外には公開されていない。
この遺跡を発見し調べた最初の人間が、非公開にするべきだといい、その頃この星を仕切っていた統治者が同意したからだ。
「ああ、あれじゃないか?」
さりげなさを装ってラーギグィスは、印がある辺りを指差した。
砂に紛れてわかりにくいが、よく見れば、そこには硬い石のようなものが見えた。
「あー、開いているな」
普段はしっかりと閉められているはずの石の蓋が、人が一人通れるほどに、ずらされていた。
その中に吹きこんだ砂の量から、それなりの時間、蓋がこのままの状態なのが推測できる。
あとで、中が大丈夫かどうか確かめなければいけないと思うと、面倒だなとつい考えてしまう。
「……マイク様は無事でしょうか。ここからではマイク様の生体反応は感じられません」
「わかんねえよ」
そう答えたのには、これまで遺跡に入った一般人が、無事に帰ってきたという話は聞いたことがないからだ。もちろん、その事実は隠されているため、実際に遺跡内で死んだとしても、それは公表されることはない。
「とりあえず、入るしかないだろ。入り口が開いているんだし、いるかいないか、確かめるつもりならな」
「もちろん、確かめます」
アンドロイドはそう言うと、ぎごちない動きのままに、入り口を入って行く。
その後ろをついていきながら、遺跡の内部も確認していく。
誰かが入った痕跡だけでなく、遺跡内部にわずかでも変化はないか。遺跡そのものが傷つけられていないか。
公開されていないとはいえ、この遺跡はそれなりに貴重なものなのだ。
「気をつけておりろよー」
おぼつかない足取りは、故障しかけていただけではなく、入り口からまっすぐに伸びた階段のせいだろう。幅広いが、一段一段の高さはある。
ラーギグィスにとっても、アンドロイドにとっても、降りるのは難しい高さだ。
身軽なラーギグィスとは違って、アンドロイドはそれなりの重さもある。滑って転んだりして遺跡が損傷でもしたら、責任は自分に来るのだろうかと今の状況とそぐわないことを思ったが、案外器用にアンドロイドは階段を下りていく。さきほどまで動かなかったというのが嘘のようだ。
この様子だと心配しなくてもいいだろうと考え始めた頃に、階段は終わり、広い空間へと足を踏み入れる。ラーギグィスが掲げた灯りが、褪せた色の壁画を浮き上がらせたが、人の気配はない。
「……マイク様は、いないようですね。ですが、誰かが歩いたような痕跡はあります」
辺りを確認していたアンドロイドが言うように、確かに床の上にある砂には、人が歩いたような足跡が見える。肉眼ではわかりにくいが、アンドロイドにはしっかし視えているのだろう。
「奥まで続いているなあ」
多少よろめきながらも、足跡は空間の奧、ここからでは光の届かない場所へと伸びている。
「まあ、行くか」
ラーギグィスは、この遺跡の構造を記憶している。
実際に何度か入ったこともあった。だから、この奧に何があって、どこへ向かっているのかも本当はわかっているのだ。
だが。
アンドロイドは違う。
ここへ入るのは初めてのはずだ。
それなのに、ラーギグィスが声を掛けたとたん、迷う事無く奧へと進み始めた。
「道、本当にわかってるのか?」
「……? 道は一つしかないでしょう?」
おかしなことを聞くと言う様な、けれどまったく不自然だと思っていない返答だ。
実際、道は一つではない。遺跡の中心部へ行くためには、いくつかある通路や部屋の中から正しい道順を通り抜けなければ、辿り着けない構造になっている。
「……いや、わかるんなら、いいんだ」
もしかすると、アンドロイドの記録の中に、この遺跡に関するものがあるのかもしれない。
中身、どうにかして見れないかな、などと不穏なことを考えながら、ラーギグィスは黙って後ろを着いていくことにする。
最初は仕事と割り切っていたが、今はこのアンドロイド自身に興味が湧いてきたのだ。
「俺は黙って着いていくだけだしな」
だから、そう言って、彼は行き先の全てをアンドロイドに任せることにした。
万が一、アンドロイドが動けなくなった時は、手助けしてやろう、と思いながら。
たどりついた場所―――そこは、不思議な部屋だった。
壁に単色で描かれた絵が発光し、部屋の中を淡く照らしている。
中央に置かれているのは、歪な形の石棺だ。大きさは、平均的な人型の生物が4人入ってもまだ余るくらいである。底も深く、立ったラーギグィスが隠れてしまうほどだ。
そもそも、見た目から石棺と一応呼んでいるが、蓋はなく、中には何も入っていない。盗掘されたわけでもなさそうだから、最初から何も入っていなかったのだろうというのが、ここを調べたものの見解だ。
そして、その石棺を前に、恍惚とした顔で立つ男がいる。右手には何かの機械のようなものを持っていて、それを翳し、何度も何度も、確かめるように石棺と機械を交互に覗き込んでいた。
「マイク様!」
アンドロイドが叫び、男がゆっくりと振り返った。
その顔は確かにラーギグィスが事前に見せられた映像と一致している。
「……よくここまで辿り着いたもんだ」
ラーギグィスは冷めた目で、男を見つめる。
男の方も、ラーギグィスを見つめていたが、その目は驚いたように見開かれていた。
「あなたは、誰だ? なぜこれと一緒にいる? まさか、これに道順を聞いたのか。いや、そんなはずは……」
男―――マイクは、ぶつぶつと呟きながら、ラーギグィスに警戒したような視線を向ける。
その様子にラーギグィスは笑ったが、男はそれを見て不快になったのだろう。
「何がおかしい?」
男は、声を荒げて手を伸ばそうとした。だが、思い直したように近付くことをやめ、一歩後ろに下がった。その手には、旧式の銃がいつのまにか握られている。護身用だったとしても、それを向けられたラーギグィスとしては、相手をあまり刺激したくはない。
「ああ、悪い。ちょっと考え事をしてたな。質問は、何だったかな。……あ、そうそう。俺は、あんたを探していた政府の役人だよ。こいつは偶然外で拾った。それから、なんでここに辿り着いたかというと……なんでだろうな」
「政府の役人? ということはやはり君たちは、ここの存在を知っていたのか? なぜ隠している?」
マイクがラーギグィスに向けた眼差しには、警戒心だけでなく敵意のようなものも感じられた。
「ここはある意味墓場なんだよ。勝手に入っていいところじゃないし、呼ばれてもいないのに暴こうとするなんて、とんでもないことだ。だいたい、なんであんたらみたいな、勝手に遺跡を暴こうとする人間を、俺達が受け入れなくちゃいけないんだ?」
「だが、この遺跡は、古い時代の、知られていない生物が作ったものなのだろう? 中に、驚くような発見があったかもしれない」
その言葉に、ラーギグィスは鼻で笑った。
「何もないよ。あんたが思うようなお宝も、隠された技術も、なーんにもない。ただの、星の、墓場だ」
「そんなはずはない! ここは、冒険王と呼ばれた男が最後に訪れた場所だ! 彼が、何もないところにやってくるはずがない!」
まるで熱に浮かされたかのように叫ぶ男を、ラーギグィスは悲しげに見つめる。
「あんただって冒険王の話は聞いたことがあるだろう!」
冒険王―――遥か昔に存在した男のことを、後の人々がそう呼んだのだ。まだ未開の星が多かった時代、宇宙船を乗り回し、様々の星に眠る遺跡を探し回ったとされる伝説の存在。
残された資料も映像も多いが、確かに、ある年を境に、彼の痕跡は途切れている。
誰もが知らない惑星で死んだとも、彼の乗る高速艇が遭難したのだとも言われているが、真相は不明とされている。
「冒険王の話は有名だからな。本にも成っているし、まあ、知っているかな」
実際、子供の頃、学校で読まされた覚えがある。その頃は、冒険なんていうものにはまったく興味がなかったので、斜め読みしかしていなかった。
宇宙を駈け回る男と、相棒のアンドロイド。少しばかり大げさに描かれた映画では、彼の超人ぶりに、笑ってしまったほどだ。
その程度の知識しかなかったが、冒険王のことを詳しく知ったのは、この星に流れ着いてからだ。仕事の関係でここの遺跡を知り、そして―――この男の言うとおり、彼はこの星に深く関わっていることを知った。
遺跡の資料を管理する部署にもいたから、それなりに詳しい。
「彼はここに来たのだ。私は、その証拠を手に入れた」
「証拠?」
「そうだ、映像と残された地図で、私はここを見付けたんだ。まだ知られていない遺跡を! この端末にはその情報が入っているんだ。」
男が掲げた端末の画面には画像のようなものが見える。はっきりとはわからないが、映し出されている壁のようなものに、描かれている絵が、この空間で確認できるものと同じ色合いをしているのは読みとれた。
マイクがこの遺跡に関する資料を手にしたというのは、本当のことなのだろう。
ただ、彼がもし本当に冒険王の資料を手に入れたのならば、もっとも重要なことも知っているはずなのだが。
「それには、ここは危険な場所だと―――何の対策もない人間が入ればどうなるかは、残されていなかったのか」
「確かに、そういう忠告はあった。だが、ここに来るまでに、何の障害もなかったぞ。むしろ、何の危険もなさすぎて、拍子抜けしたくらいだ」
「そうだった。入るのは簡単なんだよ、入るのは」
そのことを思い出し、ラーギグィスは口の中で小さく【めんどくせー】と母星語で呟いた。
「私は、この遺跡を発表するつもりだ。こんな素晴らしいものを隠しておくなんて、間違っている」
「素晴らしい、かなあ。何度も言うようだが、ここは墓場だぞ。死者とそれを奉る者だけが入ることが許された場所だ。その、あんたが見付けたという資料には、その記述はなかったのか?」
ラーギグィスは遺跡に関しては専門家ではないから、過去から現在までここを調査した人達の報告書しか知らない。おまけに、専門用語はほとんど理解できていない。
それでも、報告書には、ここがかつてこの星にいたはずの生物の墓だということはわかっている。今まさに足元――この部屋から繋がる場所に、生物が眠っているのも、見た事はないが、知識として知っていた。
そして、それは彼らの想像を超えたもので―――恐らく、間近に見ればうなされるだろう姿を保ったまま、埋葬されているということも。
「あんたが言う冒険王の記録を見付けたなら、そこには必ずそういう記述があったはずだ。それがちゃんとしたものならば、彼は必ずリスクも挙げていたはずなんだ」
それとも、それは不完全なものだったのか?
静かに問いかけるラーギグィスに、マイクは沈黙する。
ややあって、口にした声音には、どこか迷うようなものがあった。
「記録は、ところどころ、欠けている部分もあった。だが、それは仕方ないんだ。発見したとき、すでにそうだったんだから」
「欠けていた?」
「そうだ。俺は見付けたんだ、冒険王の記録を持つ存在を」
その言葉に、ラーギグィスは顔をしかめる。
冒険王に関する資料や記録は、ほとんど把握しているはずだった。まったくの漏れがないとは限らないから、それがどこかにあったということだろうか。
なにしろ、冒険王が生きた時代は遥か昔だ。取りこぼしがあってもおかしくないのだ。
それを問いただそうとラーギグィスが口を開こうとしたときだった。
「……ぼうけんおう」
その場所の緊迫感を破って聞こえたのは、機械がこすれるようなアンドロイドの声だった。
「……きゃぷてん」
再度、らしからぬか細い音が紡いだのは、先程まで話していた公用語ではなく、ラーギグィスが聞いたことがないような言葉だった。
「なんだって? 【きゃぷてん】?」
どこの言葉だろう。
聞いたことがあるような気もするが、はっきりしない。
「キャプテン。私のマスター。マスター、キャプテン……私はキャプテンに言われ、彼が見たものを全て記録した。そして、キャプテンとともに外に出た。それから……それから、どうして私はここに?」
混乱するアンドロイドに、ラーギグィスが戸惑っていると、ふいにマイクの笑い声が響いた。
「ぼろぼろになったアンドロイドを偶然見付け、気まぐれでそれを修理してみたら、中からこの星に関する資料が出て来たんだ。冒険王は、常に相棒のアンドロイドを連れていただろう、これは、そのアンドロイドだったんだよ。だから、新しい体を与えて、私はこれの記録を調べてみたんだ」
驚く発見がたくさんあったのだと、マイクは自慢げに口にする。
「そうか。あんたは、【ウルフ】か。いや、【ウルフ】の記録を持っているアンドロイドというべきか」
今の姿が人型なので、そのことにはまったく思い当たらなかった。けれど、彼が【ウルフ】の記憶を持っているならば、この遺跡のことを知っていたとしても不思議ではない。
冒険王は、何度もこの星の遺跡に足を踏み入れていたのだから。
「【ウルフ】……そうです。私は、キャプテンとともに、いろいろな場所を訪れた。4本の足で危険な場所を駆け抜け、ずっとそばに。キャプテンは、私の耳がお気に入りで、よく触れてくださいました」
「うん、とりあえず、あんたを拾ったのは正解だったな」
持ち帰れば、遺跡に興味があるこの星の住民が食い付くだろう。
「それに、古い文明の遺跡を隠匿することは、国際的な条例にも違反している。協定に参加している惑星国家は、全ての過去の遺産を共有する義務があるはずだ、だから……」
熱弁を振るう男が銃を握る手に力が込められたのがわかった。
ラーギグィスを脅すつもりなのかもしれない。
だが。
彼も、ラーギグィスも、ここに長く滞在しすぎた。短い時間なら偶然と運が重なり、なんとかなったかもしれないが、すでにこの遺跡は、彼らの存在を認識しただろう。
「ざーんねん。時間切れだよ、あんた」
ラーギグィスの言葉が、合図だった。
マイクの目の前で、ゆらりと揺れるのは壁に描かれた絵。
いや、実際は揺れたのではない。マイク自身にそう見えているだけだ。
「マイク様!?」
アンドロイドの声が戸惑ったように聞こえるのは、今の所有者であるマイクがまるで酒に酔ったかのようにふらふらと体を揺らしたからだろう。アンドロイドは、主人の安全を最優先に行動するようにプログラムしてあることが多い。
慌てたようにぎごちなさの残る体を動かしてマイクの元に駆け寄るが、その時には彼の体は床へとゆっくりと倒れるところだった。
「な、なんだこの音色は」
微かに、本当に微かに響いた声は、耳のよいラーギグィスとアンドロイドである存在には届いていた。
それに対しての反応は正反対で、ラーギグィスは唇をほんの少し歪めただけで立ったまま動かず、アンドロイドの方はうろたえているかのように体を動かしている。
「マイク様?」
呼び掛けても、わずかに口が動くだけで、返事はない。
「おかしいです。意識はあるはずなのに、反応がありません。気を失っているというわけでもなさそうです。脳波は乱れていますが……。その他の反応は正常だ」
どうしてしまったのでしょう、とアンドロイドがラーギグィスに声をかけた。
「死んでねーよ。……まあ、それだけだけどな」
「どういう意味でしょうか」
「あんたはアンドロイドだから、ここの墓場で発せられる【音】には影響されない。せいぜい聞いたことのない雑音だと捉えるくらいだろう。ただ、この音はこの星の住民以外を害する音なんだよ」
「音、ですか」
アンドロイドは、考え込むような仕草を見せた。それは計算されたような、どこか作り物めいたようにも感じられる。だが、そうプログラムされているとはえ、本当に人そっくりだ、とラーギグィスは思う。
「音、は先程聞こえましたが、特に何も感じられませんでした。ですが、キャプテンも、あなたと同じ事を言っていた」
「俺たちは、ある意味、この星に呪われたような存在だからな」
ラーギグィスの言葉に、アンドロイドは沈黙する。
しばらくしてアンドロイドが口にしたのは、過去の主の言葉だった。
「ああ、そうだ。キャプテンが言っていたのです。私の姿は、キャプテンの姿を写したものだと。自分の誇り高き、もう一つの姿をお前にやろう、と」
「……ああ、そうか。彼も俺達の同胞だったからな」
冒険王と呼ばれた彼も、この星に呪われた存在だ。
この星に流れ着き、まったく違う生き物に変わってしまったのだ―――ラーギグィスや、他の同胞のように。
そして、この遺跡で侵入者ではないと認識されるのは、さきほどマイクには聞こえたであろう音色を、有害と感じなくなってしまった体を持つものだけだ。
その音色は、生物の細胞に影響し、脳に干渉する作用を持ち、その記憶を曖昧にする。最悪な場合、死に至る場合もあるのだ。幸い、意識を失ったマイクはまだ生きている。目が覚めた時、どのくらい正気を保っているかはわからないが。そのあたりを軽くアンドロイドに説明して、敢えて、ラーギグィスは問いかけた。
「あんた、どうする? 俺は、このマイクってやつを連れて帰らないといけないし、事後処理もいろいろあるから、いつまでもあんたに構っていられないしな」
ラーギグィスの言葉に、アンドロイドはしばらく沈黙したあと声を発した。
「マイク様の記憶は消去されたのですか」
「ああ、そうだな。恐らくは、遺跡に関する記憶は全部」
「そうなると、私はどうなるのでしょう。かつての記憶を取り戻してしまった以上、マイク様をマスターとして認めるのは難しそうです。その場合、私はリセットされ、マイク様を新たにマスターとして登録することになるのでしょうか。それとも次の主人の元へ……」
「忘れたくないか」
わずかな沈黙の後、アンドロイドは言葉を発する。
「私は、キャプテンの記録を失いたくありません」
様々な偶然が重なり残された記録は、今度こそ全て消されてしまうだろう。
「仕方ないな。変な居候が一つくらい増えても、困るわけじゃなし。記録消去をしなくたって、外に出すわけにはいかねーし」
こちら側としては、スクラップにしてしまうのが1番手っ取り早い。それをしないのつもりなら、誰かが面倒を見なければならないだろう。もちろん、上の方が反対するだろうが。
「それでは、今日からあなたがマスターとして登録を……」
「ならねーよ」
すかさず否定すると、アンドロイドが笑ったかのような軋んだ音を立てた。