日曜日の昼下がり。
閑散とした駅前の広場で、私は幼馴染の隆哉を待っていたのだけれど。
「……美容院くさい」
約束の時間5分前にやってきた彼の、いきなりの第一声がそれだった。
いくらなんでもそれはあんまりだよね、と思ったので、少し怒った顔をして、
「髪切ってきたんだもん。仕方ないでしょ」
と言ってみた。
ところが。
「ふーん」
隆哉は私の顔を眺めながら、にやにやと笑っている。
「何?」
「春だなあと思って」
「はい?」
何故、私の顔を見てそういう言葉が出てくるわけ?
「春といえば、チューリップだしな」
春?
チューリップ?
………。
今日、私は髪を切った。
胸まであった髪を肩で切りそろえて、パーマをかけて……。
そういえば、外側にハネてるし……チューリップ……。
「どうした? 急に黙りこんで」
「そ・れ・は! このヘアスタイルが、チューリップのようだと言いたいわけね」
「別に」
思っているわけね。
「くやしいー!」
似合っているから、いいだろ?」
「そういう問題じゃない〜!」
「いいんだ、俺は気に入ったし」
だったら、素直に『似合う』とか『可愛い』とか言ってくれればいいのに、相変わらず一言多いんだから。
「まぁ、いいか。一応褒めてもらったということにしておくから」
「一応、じゃなくてちゃんと褒めているだろ?」
「ハイハイ。で、どうするの? 今日は暇だから付き合えっていったのは、隆哉でしょ?」
3月14日に、隆哉にスキだといわれ、私もそうだと気がついてから、1ヶ月。
実は、あれから二人の仲が進展したかというと、そんなことはなかった。
隆哉も私も何かと忙しかったし、ゆっくり二人で会うこともなかったんだよね。
「ありきたりだけど、映画でも見に行くか?」
「あ、いいね。ちょうど見たいのがあったんだ」
「決まりだな」
そう言ったあと、ごく自然に隆哉の手が伸びてきて、私の右手を掴む。
そのまま、歩き出した。
なんていうか。
今ちょっとドキドキしちゃったかもしれない。
私が知っていたのとは違う、大きな手だし。
思い返してみれば、子供だった頃、いつも手を引いて先を歩くのは、私だった。
自分より小さくて、細くて、無口だった隆哉。
放っておけば、外に出て遊ぶこともない彼を、いつもムリヤリ引っ張りだして、付き合わせたのは、私だ。
文句を言いながらも、私につきあってくれていた隆哉。
大好きで、大事で、弟みたいだった幼馴染。
それが、いつのまにか背が高くなり、口だって達者になって、私よりも先を歩いている。
「なんだか、変な感じ」
私が笑うと、振り返った隆哉が怪訝そうな顔をした。
「何?」
「子供の頃、よくこうやって手をつないで歩いたでしょ?」
「……ああ」
「あの時のこと、思い出しちゃった。懐かしいなあ」
「……ああ」
「隆哉?」
「……何」
「たまには、こうやって手をつないで歩くのもいいね」
私が言うと、隆哉はちょっとだけ笑った。
「かもな」
「もっとゆっくり歩こうか?」
手をつないで歩くことが、こんなにも楽しいだなんて。
この瞬間が、ずっと続いていけばいいなって思えるなんて。
今までの私は、一度も感じたことがなかった。
隆哉のことが好きだとわかってから、いろいろな自分を発見しているような気がする。
「……映画に間に合わなくなるぞ」
そんなことを言った隆哉だったけれど。
言葉とは裏腹に、少し歩調を緩めてくれる。
そうして、手をつないだままで。
いつもより、ゆっくりと歩いた。
恋人同士みたいに。
隆哉と栞の、とある日の出来事。全然甘くなりませんでした。
ちなみに、これは彩風さまから頂いたイラストをイメージして書いたものです。よろしければ、創作と合わせてご覧下さいませ。彩風さまイラストへはこちらからどうぞ。→イラストへ。