戻ってきたのは、あの日と同じ放課後の校舎裏。
いつもと同じ日常が始まった。
草平と莉子は、以前よりは話をするようになったが、ただのクラスメートよりほんの少し親しい程度のままだ。
話す内容も、あちらの世界のことではなく、当たり障りのないことが多い。
それでも、二人だけの時は、莉子もあちらで会った人たちのことを聞くことがあった。
王妃様や、王様。それから、門番の人。どうしているかは気になったし、もう一度会いたいとも思っている。
それに、ここでの草平は、ただの人間だ。
試しに手に触ってみたけれど、やっぱり普通の人間の手で、ふかふかしていない。
まったく人間と変わらないところは、優秀な魔法たとは思うが、少し恨めしかった。
出来ることならば、もう一度、あのふわふわした毛に触れてみたい。
そんなことを寂しく思っていた時。
それは突然におとずれた。
友人と話していた莉子の視界の端に、草平が慌てて立ち上がる姿が映ったのだ。
胸のあたりを押さえて顔を顰めていたが、一緒にいた友人に何かを言うと、急いで教室から出て行ってしまう。
あの時と同じだ。
そう思ったとたん、莉子は行動を起こした。
「ごめん、私ちょっと用事が出来た」
唖然とする友達を後に、莉子は教室を飛び出す。
あれは、恐らくあっちの世界からの呼び出しだ。
草平が呼ばれたということは、また王妃様たちは喧嘩をしたのだろうか。
そのことも気になったが、あちらの世界に行けば、また草平のふかふかの毛に触れる。この魅力には逆らえない。
そう思うと、いつもの数倍早く走れるような気がした。
莉子が校舎裏に付くと、草平は扉を開けて中に入ろうとしているところだった。
迷わず駈けより、彼の側をすり抜けるように中へ飛び込む。
「わわ、時田さん? どうしてここにいるんだよ」
面食らった顔の草平は、扉をくぐったせいで、今はもう狼の姿だ。
制服が少しきつそうに見えるのと、驚いたせいで目が丸くなっているために、迫力もなにもない。
莉子は、そんな草平の姿を確認してから、視線を空へと向けた。
「うわー。これはすごいね」
この世界は、今日も嵐で、夜だ。
以前よりも風が強く、押さえていないと、スカートがめくれ上がってしまう。
「今回の喧嘩は激しそうだね」
「そうなんだけど、どうして時田さんが来るんだよ」
揺れるスカートから視線を逸らしながら、草平が言っている。
「だって」
莉子は、手を伸ばして、草平の手に触れた。
毛はまだ完全に濡れてはおらず、触ると気持ちいい。
「こっちに来たら、また秋野くんの狼姿が見れると思って」
「……時田さんて、前にも思ったけど、本当に変な人だよね」
「だって、やっぱり、こっちの秋野くんの方が好きだし」
当たり前のように言って笑いかけてきた莉子に、草平は釣られて笑ってしまった。
変なクラスメートだと思うし、行動に驚くことはあるけれど、そのことが嫌ではない。
振り回されるのは王妃様で慣れているし、彼女に比べたら全然ましだ。
それに、自分のこの姿を好きだと言ってもらえるのは嬉しい。
「仕方ないなあ」
草平が、困ったように笑う。
莉子を元の世界に戻すために一度引き返すというのも時間がかかるし、面倒だ。
どうせ、この天候の原因は、お互いに謝りたいと思いつつ、きっかけが掴めずにいらいらしているのだろう王様と王妃様のせい。
彼らは莉子を気に入っていたから、彼女を連れていくと、前のように意外な展開になるかもしれない。
「一緒に行こうか」
草平が手を差し出すと、莉子が嬉しそうにその手を握った。
雨はどんどん酷くなっていく。
いったい、今度はどんな喧嘩をしたというのだろう。
そんなことを思いながら、仲良く手を繋いで、嵐の中を二人はかけ出した。