空の見える場所で

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  4.ともだち  

 一番上のおにいちゃんには、椋一さんという仲のいいお友達がいる。
 その人は、偉い人が住むというお屋敷に住んでいるけれど、全然偉くは見えない、どこにでもいる普通のおにいさんだ。
 けれど、ちょっとだけ、不思議な人でもあった。


 椋一おにいさんは、いつも玄関からは入らずに、庭にある小さな門から入ってくる。
 帰る時もおんなじだ。
 どうしてって聞いたことがあるけれど、『この家の庭が好きなんだ』という意味がよくわからない答えを返された。
 それから、遊びに来る時間も突然だ。
 おにいちゃんがいてもいなくても関係ない。
 おにいちゃんがいるときは、家に上がって二人きりで何か難しそうな話をしているし、いない時は、帰ったりせずに私や弟たちと遊んでいる。
 これに関しても、おにいさんは暇なの?と質問したけれど、『忙しくて泣きそうだ』と言われて首を傾げてしまった。
 忙しいのに、うちに遊びに来るなんて、やっぱりおかしいし。
「こんにちは、宙さん」
 そして、今日もおにいちゃんはいないのに、椋一おにいさんはうちにやってきた。
 もちろん、入ってきたのは庭からだ。
 縁側に座っていた私を見つけると、にこにこと笑いながらこっちへ歩いてくる。
「陸はいるかな?」
「陸おにいちゃんなら、配達でいないよ」
 うちのお父さんは、本来のお仕事とは別に『ユウキノウホウ』とかいうのでお野菜を作っていて、それをお金持ちに売っている。
 大体は、その出来た野菜はお父さんが配達しているんだけれど、忙しい時はおにいちゃんが代わりをしていた。今日もそう。
「そっか、陸は留守なんだな。あ、宙さん、隣に座ってもいいかい」
 いつもと同じように、おにいちゃんがいなくても帰る様子は見せない。
「どうぞ」
「ありがとう」
 よっこいしょ、などと言いながら、園側に腰を下ろした。なんだかおじさんくさいよ。
「他のみんなはいないの?」
 普段と違って、ひっそりと静まり帰った家の中をちらりと眺めると、椋一おにいさんが聞いてきた。
 当然かもしれない。
 家族が多いうちでは、いつも誰かかしゃべっているか、騒いでいるかしているし、椋一おにいさんが来ると、遊んでもらいたい下の弟たちが飛び出してくる。
 今日はそれがないから、不思議に思うのも当たり前だ。
「弟たちは、遊びに行っているの。おねえちゃんたちはバイトとかお友達の家とか」
「じゃあ、宙さんはお留守番かな?」
「まあね。勉強もしなくちゃいけないし」
 私は、膝の上に広げていた教科書を眺めながらため息をついた。
 実は、椋一おにいさんが来るまで、宿題をしていたのだ。
「へえ、歴史かあ。面倒なことをやっているんだな」
「歴史は必修だから、仕方ないの」
 そう、歴史は必修科目だ。この世界の成り立ちとか、どういった理由で、平和を保つシステムが確立されたのかとか、昔の人たちが起こしてしまった戦争の話とか、しつこいくらいに小さい頃から教えられる。
 過ちを繰り返さないように、ということらしい。
 そういえば、隣でのほほんとしている椋一おにいさんの家も、歴史の教科書に載っているくらいに古い家柄だったっけ。
 最近まで、そうだとは知らなかったんだけどね。
 だって、ずっと、陸おにいちゃんのお友達の普通の人って信じていたし。
 服だって普通(ちょっとよれよれだけど)、言葉遣いだって偉そうじゃないし、そういえば。
「椋一おにいさんの行ってる学校って、陸おにいちゃんと一緒だったよね」
「そうだけど」
「椋一おにいさんは、どうして偉い人の家に生まれたのに、陸おにいちゃんと同じ、普通の学校に行っているの?」
 陸おにいちゃんが通うのは、公立の学校だ。
 通っているのも、一般家庭の子供ばかりで、有名進学校とか、何かのスポーツで有名というわけじゃない。
 だから不思議なのだ。
 偉い人たちは、私立のお金がかかる学校とか、よそに留学したりとかしているみたいなのに。将来、世界を背負っていく立場の人たちは、みんなそうなんだって、近所の人も言っていた。
「うーん、そうだなあ。いろいろあるんだけれど」
 おにいさんは、私の方に顔を向けると、少し身をかがめて声を潜めた。
 内緒話をするみたいに。
「実はね、友達が欲しかったんだ」
 ともだち?
 別に、どこの学校に行ってもお友達って作れると思うんだけれど、違うのかな。
「俺の家のことなんて知らない人たちの中でなら、友達が作れるんじゃないかと、思ったんだ」
 確かに、おにいさんが偉い人の子供だって知っていたら、ちょっと敬遠しちゃうかもしれない。
 話をして気が合えば仲良くなるかもしれないけれど、やっぱり初対面だと話しづらいって思いそう。
 正直にそういうと、おにいさんは頭を撫でてくれた。
「そういう正直なところが宙さんのいいところだな。それに、俺のことを知っても、態度が変わらないところも嬉しいよ」
 一応褒められたんだって思っていいんだよね。
 でも、態度が変わらないのは、おにいさんがどう見ても偉くみえないからだから、あんまり褒められるとくすぐったい感じだ。
「やっぱり、態度が変わる人もいるんだね」
「世の中はいろんな人がいるからね」
 おにいさんは苦笑する。
 偉い人たちって、大変なんだなあ。
「学校に関しては、俺は長男じゃないから好きにさせてもらってたし。地元の学校に行きたいっていった時は殴られたりして大変だったけど、結局は我が儘を通させてもらった。卑怯な手段は使ったけどね」
 ははは、とおにいさんは笑った。
 今の言葉は聞かなかったことにしよう。なんだか、その『手段』について知るのは怖いし。
「結局、素性なんて調べればすぐに判ることだし、あんまり意味はなかったんだけど、地元の学校へ通ったことは、俺にとってプラスになったよ。ちゃんと友達は出来たしね」
「じゃあ、、陸おにいちゃんが、その時出来たお友達?」
「そう。あいつはすごいよ。俺は、陸に本当に助けてもらっている」
 嬉しそうに、おにいさんは言った。
 家でのおにいちゃんを見ていると、すごいって言われても想像つかない。口は悪いし、態度はでかいし、お母さんよりも勉強しろってうるさいし。
 だけど、椋一おにいさんがああいうんだから、私の知らない良いところがあるのかもしれない。……たぶん。
「友達が出来て、よかったね」
 そう言うと、おにいさんは、その通りといって、笑う。
「だから、宙さんも友達は大切にしなよ」
「もちろんだよ。それから、いつかおにいちゃんと知り合った頃のことも教えてね」
 頷いて笑ってくれたので、嬉しくなった。


 その後帰ってきたおにいちゃんは、Tシャツとパンツ一枚で、暑い暑いって文句を言っている。
 うちの家族の中で一番顔がいいんだから、もう少しきちんとした格好をすればいいのに。
 そういえば、この間だって、パンツ1枚で部屋の中を歩いていて、おねえちゃんに文句を言われていた。
 姉妹がいるんだから、気を遣ってもいい気がするんだけど、そんな気配は全然ない。
 じっと見ていたら、宿題が終わっていないのがばれて、怒られるし。
 やっぱりどこがすごいのかわかんないよ、椋一おにいさん。

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