空の見える場所で

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  6.むかしばなし  

 昔、世界は力あるものが住む『天』とそれ以外の者が住む『地』に別れていました。
 稀に地上に力を持った者が生まれることもありましたが、彼らは『天』に迎え入れられ、そこで暮らすか、正しい力の使い方を『天』から教わり、地上で覇者となりました。
 『天』に住む者は、世界が無用な混乱を起こさないようにそうやって常に見守っていたのです。


 大陸のはずれの小さな村に、少年と女の子が住んでいました。
 少年は女の子が好きでした。
 女の子は少年が好きでした。
 二人は、ずっと一緒にいて、とてもとても幸せでした。
 その幸せがずっと続くものだと、少年も少女も信じていました。


 ある日、少年と女の子の元に、天から美しい少女がやってきました。
 少女は、少年に力があることを教え、自分と一緒に天に来て欲しいと言いました。
 そうすれば、今よりももっと強くなって、いろいろなものが守れるようになると言う言葉に、少年は、少女と共にに天へ行くことにしました。
 彼には、守りたいものがたくさんあったからです。
 女の子は、少年と離れたくありませんでしたが、天へ昇る資格がなかったので、一緒に行くことはできませんでした。
 少年は、いつか強くなって戻ってくると言い残して、少女とともに天へと昇っていきました。


 やがて、強くなった少年は、地上へ帰ろうとしました。
 彼が生まれたあの村で、女の子が待っているはずだからです。
 ところが、少年を導き指導してくれていた少女が、それに反対しました。
 少女は、少年と一緒にいるうちに、少年のことが好きになってしまったので、地上に帰ってほしくはなかったのです。
 だから、少女は言いました。
 あれから随分立っているから、きっと女の子は少年のことを忘れて、別の人と幸せになっているだろうと。
 根拠のないことではありませんでした。
 天へやってきた地上の人間たちの恋人が、帰らない彼らのことを忘れ、身近な人へと心変わりするのを見てきたからです。
 けれども、少女の言葉を、少年は信じませんでした。
 例えそうであったとしても、村を守るために、自分は地上へ帰らなければいけないと告げました。
 少年の決意は固く、少女はそれ以上引き留めることは出来ませんでした。


 少年は、村に戻り、女の子と再会しました。
 そして、互いの想いが変わらなかったことを知りました。
 二人は、また昔のように一緒に暮らしはじめました。
 少女は、そんな彼らを天から見ていました。
 長い間一緒にいて、彼を導いてきたのは自分なのに、誰よりも近くにいたと思ったのに、少年は自分ではなく、何の力もない女の子を選びました。
 どうして、自分ではダメなのだろう。
 理不尽な思いだとわかっていても、少女はそう思わずにいられませんでした。
 少年と女の子の間に後から割り込んだのは自分なのに、邪な想いがあふれそうになります。
 清く美しかったはずの彼女の心は、黒く濁り、ただ妬みだけがありました。
 自分を受け入れてくれなかった少年と、少年の心にずっと居続けていた女の子のことが、憎くて仕方ありませんでした。
 もし、女の子がいなくなってしまったら、少年は自分の元へ戻ってきてくれるだろうか。
 そんなことまで考えてしまうようになっていたのです。
 彼女は、自分でも知らないうちに『恋』という名のたったひとつの想いに囚われていたのでした。


 そして、悲劇は起きました。
 少年が留守にしていたときに、それは起こりました。
 少年のことを諦めきれなかった少女が、天から地上に向かって、禁じられていた災いの種を落としたのです。
 それは、植え付けられた者を死に至らしめるという恐ろしい呪いでした。
 呪いを受けた女の子は、少しずつ衰弱していきました。
 少年が異変を聞き、戻ってきたときには、すでに手の施しようがありませんでした。
 女の子は、少年を残して、一人逝ってしまったのでした。
 少年は、嘆き、悲しみ―絶望しました。
 そして、女の子の命を奪った原因が地上の人間が持つはずもない災いの種によって起こったことを知ると、天を恨みました。
 その恨みは、徐々に地上に広がり、やがては地上と天に「不和」という大きな災いを引き起こしたのです。 


 一方、少女の方は、災いの種がもたらした効果と少年の絶望に、恐れおののいていました。
 天命の尽きていない人間を殺すのももちろん大罪ですが、それ以上に世界に広がった不和が一向に収まる気配がないことに心が引き裂かれるような思いでした。
 なんということをしてしまったのか。
 少女は泣きました。
 自分の愚かな行為で、少年だけでなく、いろいろなものを不幸にしてしまったのです。
 彼女は天に住む一番偉い人に、罪を告白し、許しを請いました。
 しかし、犯してしまった罪の重さに、原因となった少女は地上に落とされることになりました。
 そして、天に帰ることも許されず、争いと呪いに染まった世界を浄化するために、永遠に地上に縛り付けられることになったのです。


 ――昔々のおはなしです。



「随分、暗いお話ですけど」
 縁側に寝ころぶ椋一さんが話してくれた物語は、あまり愉快なものではなかった。
 誰も幸せになれない物語。
 教訓さえも含まれない、不幸な物語だ。
「そうですか?」
 無邪気に問い返されて、顔をしかめる。
 椋一さんが話す言葉は、時々怖い。何を考えているのかわからない、というのもあるけれど、こういう不幸で残酷な話を楽しんでいるふしがある。
 互いの育った環境が違うせいで、分かり合えないところはたくさんあるけれど、そういうのとも違って、こんな時の椋一さんはひどく遠い。
「なんだか、そのお話は怖いです」
 正直に言うと、椋一さんは私の手を掴んで、ぎゅっと握った。
 思いがけないほどの強い力に、驚く。
 どうしてしまったのだろう。
「大丈夫ですよ。これは作り話だし、もし本当だとしても、少年は、今度は絶対女の子を助けますから」
 私は戸惑った。
 椋一さんの目は、何処までも優しくて、そして同時に真剣だ。
 不思議だ。
 遠い昔、こういう目を見たことがあるような気がするけれど、それがいつだったのかわからない。
 近い過去だった気もするし、遙か昔だったかもしれない。
 その時、私は確かに誰かの腕の中にいて――いや。
 何を私は考えているのだろう。
 椋一さんの話に影響されて、おかしなことを考えはじめている。
 忘れなければ。
 今思ったことは、頭の中から消してしまわなければ。
 何かがそう囁いている。
 だってこれはただの嘘のお伽噺。
「作り話ですよね?」
「作り話ですよ」
 お話はこれでおしまい。
 そう言って、彼は起き上がった。
 彼がそういう以上、もう何を聞いても無駄だろう。
「作り話なので、本当に忘れてくださいね」
 椋一さんはそう言ったけれど。
 彼が帰った後になっても、その時聞いた話が頭の中から消えることはなかった。

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