空の見える場所で

戻る | 進む | 目次

  7.かみなり  

 空が暗くなったと思ったら、すぐに激しい雨になった。
 雷まで鳴っている。


 雨はやまない。
 激しさは増すばかりだ。
 異常な気象は、世界を支える力の均衡が揺らいでいる証だ。
 私には、詳しい理屈はわからないけれど、そう言うとき、椋一さんのように、世界を支える力を持つ人の命が危険にさらされているのだという。
 彼らは、生まれ持った血筋と受け継いだ能力によって、一度は壊れかけた世界のバランスを保ち続けているのだ。
 気象だけじゃない。
 いつの頃からか人々を脅かすようになった厄災や恐ろしい生き物から、世界を守っているのも彼らだ。
 そのせいなのか、力を持つ者は、よく命も狙われる。
 彼らを殺せば、簡単に均衡が崩れてしまうのだから、混乱を望むものには好都合らしい。
 そのことを教えてくれたのは、おにいちゃんだ。
 椋一さんと契約したときにも、万が一の時は自分の命を含めて覚悟しておくようにと言われた。
 椋一さんもおにいちゃんも私が危ない目に合わないように用心しているし、自分自身も気をつけているから、やっかい事に巻き込まれたり、命を落とすような事件に遭遇することはあまりない。
 だから、私は大丈夫だけど、椋一さんは違う。
 表に出ることも多いし、力も強いから、敵だってたくさんいる。
 外だけじゃなく、実家でだって気が抜けないことばかりだ。
 命を落とすかもしれないほどの大怪我をしたのも、一度や二度ではない。
 最近では、こんな雨が降るときは、怪我をしているんじゃないかとか、体調が悪いんじゃないかと、心配になってしまう。


 電気をつけていても薄暗く感じる部屋の中、電話の音が鳴り響いて、私は窓から視線を外した。
 ここに電話をかけてくる人は少ない。
 一番多いのはおにいちゃんだけれど、平日のこの時間帯にかけてくることは滅多にない。
 誰だろう。
 電話に手を伸ばし受話器を取った。
「もしもし」
 呼びかけると、ほんの少しの沈黙の後、『宙さん』と呼びかけられる。
「椋一さん?」
 思いがけない相手に、私は驚くと同時にほっとした。
 電話をかけられるくらいなら、きっと大丈夫。危ない目には―あってないとは言えないけれど、無事であることに間違いない。
『よかった、家にいたんですね』
 電話の声は、ひどく疲れているようだった。
「……雨が降っていましたから」
 本当は、今日は大学に行くつもりだった。
 けれど、出かけようとしたところで激しい雨が降り出し、雷まで鳴り出したから、不安になって外出を取りやめたのだ。
『そうですか。心配かけましたね』
「はい。少し心配していました」
 隠しても無駄なので、正直に答える。
『まだしばらくは帰れそうにないです』
「ごたごたが片付かないんですか?」
 椋一さんは仕事に関しては何も言わないが、おにいちゃんから、いろんな情報は入ってくる。
 それによると、上の方で何かもめ事が起こって、椋一さんがかり出されたらしい。
 面倒なことになっているから、しばらくはこの町に帰ってこれないだろうと、うんざりした顔でおにいちゃんは話していた。
『早く片付いて欲しいです。そろそろ宙さんにも会いたいし』
「私も」
 電話だから素直になれるのか。
 この雨が悲しいからなのか。
「私も、椋一さんに会いたいです」
 するりと、言葉が口からこぼれた。
 だって、もう1ヶ月も会っていない。
『同じですね』
「同じです」
 それきり会話が途切れてしまったが、互いに電話は切らない。
 声が聞こえなくても、電話の向こうに相手がいるというだけで、安心できるからだ。


 雷は、相変わらず鳴り続けている。
 繋がった電話越しに、互いの吐息を感じながら、私は、どうか椋一さんが無事帰ってきますように、と祈り続けていた。

戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 2007- Ayumi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-