家の前に取り残されてから、しばらく私は玄関の前で立ち尽くしていました。
ダグラスさんは、中に入ったきり出てきません。着替えをしているのだと思うのですが、それにしても時間がかかっています。
……まさか、鎧以外に着る服がないとか。
いくらなんでもそんなことはないとは思うのですが、あの人だったらありえそうなので不安です。
どちらにしても、ここに投げっぱなしの鎧と紙袋を置いて帰るのも悪いような気がしますし。
いったいどうしたらよいのでしょう。
一度、声をかけた方がいいのかもしれません。
私は、扉をほんの少しだけ開けて、中に向かって呼びかけようとしました。
その時です。
「なんだ? お客さんなのかよ」
どことなくえらそうな声がすぐ後ろでして、思わず悲鳴を上げてしまいました。
今、全然気配がしなかったです! 幾ら私が鈍いからといって、足音がしたら気がつくはずなのに。
「おわっ、びっくりさせるなよ」
相手も驚いたような声を出していますが、びっくりしたのはこっちの方です。
「だ、だって。いきなり声をかけてくるから」
そう言いながら振り返ります。
そこにいた人の顔には見覚えがありました。おにいちゃんの友人を名乗る男性のうちの一人、のはずなのですが。
「そりゃ悪かったよ。でも、他人の家の中を覗き込んでいる奴がいたら、怪しいって思うだろ。途中でリクの妹だって気がつかなけりゃ、ばっさりやっちまうとこだったぜ」
ば、ばっさり?
「ん? なんだよ、人のこと、じろじろ見やがって」
「いえ、その……」
行っている言葉が物騒なのも気になりましたが、目の前の人に対して、私は目を見張ってしまっていたのです。
確か、最初に会ったときには、男の人だったという記憶がありますし、しゃべり方はまるっきり男の方なのですが。
えーと。
どうみても、今目の前にいる人の性別がわかりません。
金色の髪を真っ赤な紐で結び、整った顔に、紐と同じ色の裾の長い赤いシャツとぴったりとしたズボンという出で立ちは、女性にも見えるのです。
顔は同じなので、あの時の人と間違いなく同一人物だと思うわけなのですが。
実は、男装した女性だったとか?
初対面の時は、旅の途中という感じだったから、動きやすい格好をしていたとか?
で、でも、胸はなさそうですし。
もしかしたら、女性の格好をした、男性?
えええ??
「あー、この格好、田舎のお嬢ちゃんには珍しいかよ」
とても不機嫌そうに言われて、我にかえりました。
そ、そうです。
幾ら奇妙な格好をしていても、この人が兄の友人だということには変わりないですし、容姿で人を判断してはいけないと、父さんも言っていましたし。
「そうではなくて、あの……ごめんなさい」
じろじろ見てしまったことは、確かにいけないことだと思うので、謝りました。
何か理由があるのかもしれませんし。
「ま、慣れてるから別にいいけどな。一応、念のため言っておくけれど、俺は正真正銘の男だからな。この格好は趣味」
「し、趣味?」
趣味でこんな派手な格好が出来るなんて、とてつもなく贅沢な感じです。
よく見れば、着ているシャツは絹なんじゃないでしょうか。
紐も細かく編み込まれているし、磨かれた靴は、上等の革で作られたもののようです。
今私が着ている服の数倍も値段がするはずで、そんな服を着ているこの人は、本当に何をしていた人なのでしょう。
謎です。
「俺は美人だからな、何着ても似合うんだよ。だったら、綺麗な格好してた方が、楽しいだろ」
理屈がよくわかりません。
綺麗だから似合うとか、美しいから着ているんだとか、そういう問題じゃないです。
「というわけで、今後一切、俺の格好については、何も言わないこと。じゃねえと、幾らリクの妹だからって、容赦しねえからな」
顔に似合わず、凄みのある声と眼差しに、私は黙って頷くことしか出来ませんでした。
「ところで、あんた、こんなところで何してんだ? 誰もいないのか?」
そうそう。私は中にいるはずのダグラスさんに声をかけようとしていたのでした。
驚きのあまり、すっかり忘れていましたが。
「さっきまで、ここにダグラスさんがいたんですが、中に入ってしまって」
「客を残してか? あいかわらずだなあ」
いったい、ダグラスさんてどういう性格の人なんでしょう。真面目そうだとか怖そうだとか、そんな雰囲気はしますが、さっきの様子からして、どこかずれている人なのかもしれません。
女性に上半身裸を見せるなんてこと、普通の人はしませんし。
それとも、都会ではああいうのは普通なのでしょうか。
だとしたら、私なんて、都会に行ったら目が回って倒れてしまうかも……。
「…ーい。もしもーし! 人の話を聞いてんのかよ」
「え、あ、はい?」
いつのまにか、周りのことはすっかり忘れて考えこんでいたようです。
ひらひらと私の顔の前で手を振っている彼――記憶違いでなければ、ユーインさんだったと思います――の顔は、とてつもなく不機嫌なものに変わっていました。
「だーかーら。結局、あんたはダグラスのことを待ってんのかって、聞いてんだよ」
「あー……。そういうことになりますね」
「はあ?」
この場合、正直にこれまでの経緯を話した方がいいようです。長くなりそうですが、変な誤解をされるよりはずっとましです。
私が、事情を話すと、ユーインさんは、大きな大きなため息をひとつつきました。
「奴なら、やりそうなことだな。あんたもあんただ。玄関前で、おとなしく待ってんじゃねえよ」
えー、私も怒られるんですか。待ってただけなのに。
「もっと早く声をかけるなり、帰るなりしろよ。俺が帰ってこなかったら、ずっと一人で待ってるはめになってたかもしれないんだぜ」
いくら何でも、それはないと思うのですが。
それとも、ダグラスさんって、いつもそんなことをしでかしてしまう人なんでしょうか。
「だいたい、危ないとかいう危機感はねえのかよ。幾ら兄の知り合いつっても、面識もない赤の他人だろ、ダグラスに襲われたりしたら、どうすんだよ」
赤の他人のくせに、そんなことを言うのもどうかと思いますが、ひょっとして、これは私のことを心配してくれているのでしょうか。
口は悪いけれど、それなりにいい人なのかもしれません。たぶん。
「……今、いい人かもとか思っただろ。まったく、お前ら兄妹はー」
いいかけて、言葉を止めました。
再び、ため息です。
眉間に皺を寄せて、しばらく口の中でぶつぶつと何事かを言っていましたが、やがて肩をすくめて私を見ると、地面に置いてあった紙袋と鎧をひょいと持ち上げました。
見た目は華奢な感じですが、力はあるんだなあ、と変なところに感心してしまいました。
「ま、せっかく来たんだ。入れよ。茶ぐらいはごちそうするから」
あれ?
このまま追い返されるかもとか思ったのに、意外に親切です。
「なんだよ、その意外そうな顔は。襲ったりなんかしねえから、大丈夫だよ」
「いえ、そんな心配はしてませんけど」
襲うんだったら、もうとっくに襲われているでしょうし。
「だったら、入りな。まだ、片付いてないけどな」
「それじゃ、遠慮なく」
せっかくの機会です。
アイリに報告する面白いことがわかるかもしれないですし、短時間で綺麗になった外見と同じに、家の中まで改装されているのか興味もあります。
「お邪魔します」
ユーインさんが開けてくれた扉をくぐりながら、私は中に足を踏み入れたのでした。
玄関から中に入った私は、真新しい木の匂いと、予想外の明るさに、目を見張りました。
予想以上に、中は綺麗です。
壁紙も張り替えられ、床の壊れた部分も丁寧に補修してあります。
しばらく誰も住んでいなかった廃屋だったとは、とても思えませんでした。
これを、あの三人が直したのだとすれば、本当にすごいことです。器用だという言葉だけでは片付けられません。
「ダグラス、いるんだろ?」
気がつけば、左の奥にある扉を叩きながら、ユーインさんが呼びかけています。
私がきょろきょろと辺りを見回している間に、随分先に行ってしまったようでした。
「おーい、いつまで着替えてるんだ」
乱暴にも、足でがつんと一発扉を蹴り飛ばしました。
あー、まだ新しくて綺麗な扉なのに。
足形がついたり、へこんだりしたら、どうするつもりなんでしょう。派手な服を着たユーインさんが扉を修理している姿を想像すると、なんだか口元が綻んでしまいそうです。
幸い、扉が頑丈なのか、ユーインさんが手加減したのか、壊れてはいませんでしたが、足で蹴ったのには効果があったようです。
「何をやっているんだ、ユーイン」
ダグラスさんが、扉を開いて顔を出してきました。
「乱暴はよせ」
「客を外に待たせたままにしてるからだろ」
「あ」
今思い出した、という顔をされてしまいました。
「も、申し訳ない。ついうっかりしていて」
忘れていたんですね。
そんなに存在感がなかったんでしょうか、私は。
けれども、しきりに頭を下げて謝るダグラスさんの顔を見ていると、何も言えなくなってしまいました。
悪い人じゃないんでしょうし。
「着替えをあまり持っていなくて、服を探していたら、その…」
そういえば、着古したような上着を着ているようです。色あせているし、よく見ると、袖のところが綻んでいます。
側に立っているユーインさんが、高価そうな服を着ているせいで、余計に貧相に見えるのかもしれません。
ユーインさんも同じことを思ったのか、上から下まで無遠慮にダグラスさんの体を眺めまわしています。
「お前なー、仮にも騎士位を持ってんだから、もう少し身なりってのをきちんとしろよ」
騎士?
今、ユーインさんてば、『騎士』って言いませんでしたか。
「……元騎士だ」
律儀に言い直すダグラスさんの言葉に、私の頭はさらに真っ白になりました。
「元だろーが、今だろーが、そういう役職にあったってのは事実だろ。普通の騎士ってもんは、身だしなみにも気をつかうし、客の存在を忘れたりしない」
「う…」
背の高いダグラスさんがしょぼんと肩を落としてうなだれてしまいました。
なんだか、二人の力関係が垣間見えたような気がします。
じゃなくて。
今、問題なのは、私が忘れられていたことではなく、『騎士』って言葉なんですけど。
「ちょっと待ってください。ダグラスさんて、騎士様なんですか?」
騎士なんて、こんな辺境の村にはやってこないから、よくわからないけれど、とてもエライ人です。
例外的に身分の低いものが武勲などをたてて騎士位を拝命することがあると聞きますが、ほとんどは世襲制です。もちろん、世襲とはいえ、騎士になるためには、文武ともに優秀でないといけませんし、修行期間や見習い期間も長いといいます。中には貴族の位を持っている人もいるらしいですし、例えそうでなかったとしても、それと同等の地位と見なされている存在です。
王都や領主が住む大きな街に住んでいなければ、私たちのような庶民は、一生会うことも、口を聞くこともない人たちには違いありません。
もしダグラスさんが騎士様ならば、「ダグラス様」とか呼ばないといけなかったんでしょうか。
いえいえ、もしかしたら、今までの態度そのものが、ものすごく失礼だったのでは。
「あー、とりあえず落ち着け。顔が真っ白になってるぞ」
ユーインさんが、さっきみたいに私の前で手をひらひらと振っています。
……。
まさか、ユーインさんまでも、騎士とかいうんじゃないですよね。
そうだったら、今すぐここから出て、家に帰りたいです。
「あんた、考えてること丸わかりだぜ。大丈夫だ、俺は『騎士』じゃねえ」
「ほ、ほんとですか」
「ああ。けどさ、騎士だからって、萎縮することなんて一つもないだろ」
それはそうかもしれませんけど。
エライ人なんて、村の代表か、何年かに一度視察にやってくる領主代理くらいにしか接したことがないんですから、どうしても緊張してしまいます。
いったい、おにいちゃんてば、どういう経緯でこの人たちと出会い、何を世話になったっていうんでしょう。
そして、どうして、この人たちはここに住もうなんて、思ったんだか。
ますます、わけがわからなくなってきました。
「とにかく立ち話もなんだし、茶でも入れるから移動しようぜ。話はそれからだ」
そういえば、ずっと廊下で話をしていたのでした。
「ほら、そんな妙な顔すんな。とって食ったりはしねえよ」
そういって、私の頭をぽんぽんと叩いた指先が、まるで昔のおにいちゃんのようで。
思わず素直に頷いてしまったのでした。
台所はりっぱで、うちよりも片づいていました。
真ん中に大きな机がどんと置いてあり、花なんか飾ってあったりします。いかにも手作りという食器棚には、まだあまり食器は入っていませんが、きちんと整理されて納められていました。
負けてる気がします。
普通だったら、男所帯で汚れるなり散らかっているなりしていそうなのに、よほどマメな人がいるのでしょう。おにいちゃんでないのだけは確かですが。
私がほけーっと台所を見ていると、ユーインさんが慣れた様子で火を起こし、湯を沸かし始めました。
その姿を見ていると、マメなのは彼なんじゃないかと想像できます。
ダグラスさんは、見た目通り、細かいことは苦手そうですし、おにいちゃんは言わずもがなです。もう一人の人のことはわかりませんが、第一印象では、一通りのことは出来たとしても、自分から率先していろいろやりそうではないかなという雰囲気でした。
「あ、台所で悪いけど、適当にその辺に座って待っててくれよ。すぐに茶を入れるからさ」
「ありがとうございます」
お礼をいいながら、私は部屋の中に置いてあった椅子に腰掛けました。
これも手作りなんでしょうか。
見た目は不格好ですが、中々座り心地はよいです。
座ってしまうと、他にすることもないので、自然と目がユーインさんの姿を追うことになってしまいました。
それにしても、よく動く人です。
手際よくお茶の準備をする姿は、大工仕事をするとか、剣を握るとか、そういうのよりもずっと似合っているような感じです。
けれども、細くて綺麗ではありましたけれど、力仕事など一度もしたことがないという指ではありませんでした。筋張っているというほどではないけれど、固そうで、よく見ると小さな傷跡などもあります。
騎士ではないとはいいましたが、やはり剣を握ったりする職業だったんでしょうか。
けれど、今の彼は、剣など身につけていないようですし、服装が服装です。
剣を持ったことはあるけれど、じゃあ、いったいそれはどんな職業なのやら、やっぱりわからないです。
「俺の手に興味あんの?」
「わー!」
気がつくと、目の前にユーインさんがいて、私は驚きのあまり大声を出してしまいました。
いつのまにか考え事に没頭していたので、全然気がつきませんでした。
気配もしなかったし。
「さっきから、ずっと見てたろ」
「う、後ろ向いてたじゃないですか!」
私に背を向けていたのに、なんで、手を見ていたってわかるっていうんでしょう。
「あつーい視線を感じたからな」
「あつい視線なんか、向けてません!」
「でも、見てたろ」
「見てません」
「ふーん」
そのにやにや笑いは、なんですか。
「ユーイン、からかうのはやめろ」
ダグラスさんの言葉に、ユーインさんはつまらなそうな顔をしました。
「からかってなんて、いねえのになあ」
「困っているじゃないか」
「わかったよ、真面目にやるよ」
でも、顔は笑っているんですけど。なんだか信用できないです。
「まあ、とりあえずお茶をどうぞ」
目の前に置かれたカップからは、いい匂いがします。
恐る恐るですが、口をつけてみました。
「あ、おいしいです」
「だろー? 得意なんだぜ、こういうのは」
子供のような無邪気な笑顔に、毒気を抜かれてしまいました。
なんというか、可愛いです。
さっきの態度が嘘みたいです。
ユーインさんは、ダグラスさんにもカップを渡し、自分はちょうど私の向かい側にあった椅子に腰掛けました。
そして、急に真面目な顔になります。
本当に表情のよく変わる人です。
「んー、で、本当のところ、あんた、何しにきたんだ。届け物は、偶然って言ってただろ」
そうでした。いろんなことに驚いて、最初の目的を忘れてしまうところでした。
「大事なお兄ちゃんの友人がどんな奴か見に来たってところか?」
あたってます。
「聞きたいことがあるんなら、言ってみろよ。可能な限り、答えてやるからさ。いいだろ、ダグラス」
ユーインさんの言葉に、ダグラスさんが頷きました。
「で、何から聞きたい?」
まっすぐにこちらを見つめるユーインさんの眼差しに、思わず私は背筋を伸ばしました。
何から聞けばいいのでしょう。
聞きたいことがたくさんありすぎて、うまくまとめられそうにもないです。
それでも。
やはり気になることといえば、おにいちゃんとこの人たちの関係でしょうか。
「えーと、兄とは、どこで、どうやって知り合ったんですか?」
一瞬、ダグラスさんとユーインさんが、視線を合わせました。
これは、聞いてはいけないことだったんでしょうか。でも、おにいちゃんとの接点がちっとも見えないから、不思議に思っても当然だと思います。
「いきなりそこから質問かよ」
「だ、だって、気になりますし」
「うーん、実はあまり詳しく話せねえんだけど」
ええ、そんな。
「ま、一応、王都だ」
「王都……?」
「そ。ちょっと確かめたいことがあったらしくて、リクは王都に来てたんだよ。そこで、リオン――ここにはいないけど、俺たちと一緒にいた奴がいたろ? あいつとまず知り合った」
『王都で確かめたいこと』というのは、おにいちゃんが持ち出した『何か』が関係あるのでしょうか。
「で、リオンがダグラスに相談して、ダグラスから俺に話が来た、と」
えーと。
なんだか、いまいち話の流れが見えないのですが。
「話を聞いて、その時、俺を悩ましていたことをリクが解決できそうだって思ってさ。協力を求めることにして、本人に会ったんだけど、これがえらく気があっちまってさ」
「はあ」
「結局、リクは俺たちの恩人つうか、そんな感じになったってわけ」
「あの、話を聞いておいてなんなんですが、全然わかりません」
「だろうな。肝心なことが抜けてるから」
その、『肝心なこと』が一番大切そうなのに、話せないことになるわけなのでしょうか。
というより、そんな言い方をされれば余計好奇心が刺激されると思います。
「兄は、あなたたちに世話になったって言っていたんですけど」
「王都で衣食住の世話をしたのは確かだけど、俺たちの大恩人であるのも事実なんだって」
おにいちゃんが、恩人?
想像さえ出来ません。田舎育ちでほとんど外の世界を知らず、弱くはないけれど、目の前にいるダグラスさんのように剣の扱いにも慣れていなさそうなおにいちゃんが、この人たちの何をどうやって助けたというのでしょう。
「このことは、いずれリクが話してくれるだろ。とにかく、俺たちは王都で知り合って、仲良くなったってこと」
「はしょりすぎです」
正直な感想を漏らすと、ユーインさんが声を立てて笑いました。
別に笑われるために本音を言ったわけじゃないのですけれど。
「兄と一緒にこの村にやってきたのは、どういうわけなんですか? この家を買ったのですから、村に住むつもりなんですよね」
そこのところも、わからないことのひとつです。
村出身の人が帰ってくるのならわかりますが、働き口もなくお店や人も少ないこの村へわざわざやってくるなんて、どう考えても変です。
「ここではなく、村の先にある少し大きい街だったら、もっと住みやすいはずですし」
「だって、ここ、リクの故郷だし。他にどこに住むっていうんだよ」
え。
それって、理由なのでしょうか。
おにいちゃんの故郷だからというのが定住する理由になるなんて、聞いたことありません。
ひょっとして、村の人たちが噂していたことは本当で、実は、おにいちゃんが、この中の誰かと……。
最近村のおばさんの間で流行っている物語のようなことが、実際にあるだなんて、びっくりです。
王都って、やっぱりすごいところなのかもしれません。
「おい」
そんなことを考えていると、ふいに手が伸びてきて、額をこづかれました。
「何をするんですか!」
「お前なー、考えていること、わかりすぎだって」
「変なことなんて、考えてませんよ。あ」
自分でばらしてどうするんでしょう、私は。
どうも、ユーインさんと話していると、余計なことを言ったり考えたりしてしまうみたいです。
今まで、周りにいなかった感じの人だからでしょうか。
ダグラスさんよりも話しやすいのは確かですけれど。
「実際、そういう嗜好の奴もいるけどさ、俺たちはそういう関係じゃないから」
「え、やっぱり、物語の中だけのことじゃないんですね。びっくりしました」
「おまえ、驚くところが違ってないか?」
そうでしょうか?
そういうユーインさんだって、さらっとすごいことを言っていると思うんですけど。
「なんか王都を誤解されたような気もするけど、いいか」
細かいことを気にしない主義なのか、否定するのが面倒になったのか、ユーインさんは肩を軽くすくめると、話を戻しました。
「実際は、静かで人の少ないところならどこでもよかったんだけどな。リクが育ったところだから、いいところなんだろうなと思っただけだよ」
おにいちゃんは、確かにのほほんとした雰囲気を持っていますけど、それを見て村がよさそうと連想されたというのは、嬉しいような嬉しくないような、変な感じです。
だいたい、そういう理由で、こんな辺境の村に住もうとするなんて、絶対おかしいです。
隠しているけれど、まだ何かあるんじゃないでしょうか。
何もないだろうと考えることに無理があります。
「お、疑ってるなー。よしよし」
よしよしって、いったいどういう意味なんでしょう。
ユーインさんは楽しそうだし、ダグラスさんは苦笑しているし。
やっぱり、これはからかわれていると考えていいのでしょうか。
「ま、悪いことしにやってきたわけじゃないから、そこのところは安心しろ。正直、王都の生活に疲れちまってなー。なんていうか、ダグラスは騎士を引退してすることなくなったし、俺も雑事に振り回されて逃走したい気分だったし、リオンは―」
そこで、ユーインさんは言葉を切りました。
唇の端を少しつり上げて、意味ありげな顔をします。
「リオンは、この村に教えを請いたい奴がいるんだってさ」
その言葉に、私は文字通り目を丸くしました。
王都から来た人に、何かを教えることが出来る人なんて、この村にいたでしょうか?