田舎の人々

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  閑話 〜お茶会事情  

 よく表情が変わる少女。
 それが、俺がシアを見た時の印象だった。
 美しくも醜くもなく、ごく普通の顔立ちで、化粧もあまりしていない。
 背が低く、痩せているせいで、体つきは貧弱に見える。もう少し太ったら抱き心地もよさそうなのにと思ったが、村の様子を見て、仕方ないとも考えた。
 リクから聞いていたように、この村の土地は豊かではない。
 こういう土地でならよく育つ果物を幾つか知っているが、それもなさそうだった。
 わずかばかりの畑で取れるものは、村に住む人が食べるだけのものなのだろう。
 それでも、こうやって人々が暮らしているのは、森の恵みがあるからだ。
 村を守るように取り囲む森には、村人たちにとっては貴重な収入源にもなる。木の実や動物、めずらしい茸も採れるのだと、リクが言っていたはずだ。
 それがあるから、村人はそこそこの暮らしを保てているのだと言う。
 そんな状況なのに、流れる空気が穏やかなのは、このどこまでも澄んだ青い空と、美しい森があるからかもしれない。


 ダグラスが押し切られたお茶会は、結局、かなり内輪で揉めた末、一度きり、この家で行うことになった。
 村のご婦人たちはやや不服そうだったが、この家に対する興味の方が勝ったらしい。
 お茶は俺が淹れるとして、茶菓子その他については、ご婦人たちの好みがまったくわからないため、シアに頼んだ。いろいろ思うところもあるだろうに、快く引き受けてくれる。
 こういうところは、リクとよく似ている。
 今も、お茶会に出すお菓子を試食して欲しいと、この家にやってきていた。
「ユーインさん。お茶会用に焼いてみたんです。ほら、前にユーインさんがクコルの実が入った焼き菓子を美味しそうに食べていたでしょう?」
 シアが差しだした篭の中には、おいしそうな焼き菓子が詰まっていた。
 そういえば、これと似たものをリオンがもらってきて、彼女の前で食べたことがある。
 果物が入っているよりも、木の実入りの方があっさりしていて食べやすかったから、そればかり選んでいたことに、シアは気が付いていたらしい。
 勧められるままに焼き菓子を口に入れると、ほどよい甘さが口に広がった。
「なるほど、そんなに甘くねえ。これは結構好きかな」
「本当ですか? 甘さの好みがわからないから、どうかなって心配していたんですけれど」
 俺の言葉に、シアの顔が嬉しそうに綻ぶ。
 それを見て、不機嫌になったのはリクだった。
「え、どうしてユーイン限定? おにいちゃんの好物は?」
 不服そうに割ってはいってきたリクに、シアが動揺している。
「俺はリクの気持ちがわかりますよ。どうして、ユーインの好きそうなお菓子だけなのかと」
 たたみかけるように続いたリオンの言葉に、今度は青くなった。
 本当に、よく表情が変わる。見ていてあきない、などと考えてしまうのは俺だけだろうか。
「く、クコルの実がたくさん手に入ったからなんです。おにいちゃんの好きな果物は、今の季節ないし。他の方の好みもちょっとわからなかったので。教えてくださったら、次は作りますよ」
「えー、昔だったらおにいちゃん優先にしてくれたのに」
「当日は、ちゃんとおにいちゃんの好きなものも用意します。後はおばさんたちの好きなものを幾つかもってきますし、おばさんたちからの手土産もあると思いますよ」
 必死で言葉を紡ぐシアを見て、可愛いと思う。
 今まで俺の周りにはいなかった女性だ。
 いや、もちろん、シアが特別だというわけではないだろう。王都にだって、きっと似たような女性はたくさんいる。ただ、接する機会も、知る機会もなかっただけだ。
 俺が住んでいた場所は、人の出入りが厳しく制限されていた。俺自身は警備の人間をごまかして、抜け出すこともあったが、それでも、行ける場所は限られている。ごく普通の一般家庭の女性と親しく接することなど、ほとんど皆無だった。
「あ、いけない。私そろそろ帰らないと」
 ふいにシアが、窓の外に目をやると、慌てたように言う。
 そういえば、そろそろ日が傾いてきている。
「それなら、送ってくよ、シア」
 誰よりも早く俺はその言葉を口にした。
 他の奴に遅らせるのは、面白くなかった。それに、もう少し間近で、シアの表情を見ていたい気がする。
「ありがとうございます」
 シアが俺に嬉しそうな笑顔を向けてくれたから、ちょっとだけ良い気分になった。


 もうすぐ家につくというところで、俺は立ち止まった。
 数歩先に進んだシアが、訝しげに振り返る。
「ユーインさん、どうかしましたか?」
 心配そうに俺を見上げたシアの顔は思いのほか近い。
 リクによく似た平凡な顔は、目をひくものではないけれど、見ていると何故か安心できた。
「ユーインさん?」
 何も言わずに見つめていたせいだろうか。
 シアは困惑したように俺に呼びかける。大きく見開かれた瞳には、不安が見て取れた。
 赤味を帯びた濃い茶色。
 今、この大陸で、たった3人しか持たない色の瞳。まだ、彼女は、その意味を知らない。
 出来れば、このまま知らず、ごく普通の、辺境の村に住む少女として、一生を終えて欲しいと思う。
 それが叶わないのならば、せめて。
 俺は彼女を引き寄せ、その額にそっと口づけた。
 腕の中のシアの体が固まる。
「シア」
 呼びかけると、真っ赤な顔のまま、シアはぎくしゃくと体を動かして、俺の腕をすり抜け、離れた。
「都の人って、みんなそうなんですか!」
 あきらかに怒っているんだろうが、あまり迫力はない。
「私、ユーインさんだけは、そんなことしないと思ってました」
 いやいや、それどういう評価だよ。
 俺が男として見られたいないっことか?
「額への口付けは、祝福の印」
 俺は敢えて何もいいわけせず、そう口にした。
「俺は光の女神アーシラに仕える神官なんだよ。だから、これは俺からの祝福。あんたがいつまでも笑顔でいられますように、ってね」
「神官?」
 意外そうに聞き返してきたのは、俺が彼女の知る神官とかけ離れているからだろう。
「まあ、自分でもちょっと規格外だったって自覚はあるけどな」
 神官は大抵決められた服を着ている。
 普段着としての衣服は、それほど派手ではないが、それでも一般の誰が見ても、神官か神官見習いだとわかる格好をしているのだ。
 俺のように、日頃から派手な服を着ている人間はいない。
 さすがに、儀式や行事の時は、神官らしい格好をしているが。
「でも、神官ってのは本当だから。不安なら、リクに確かめればいい」
 リクでも、リオンでも、ダグラスでも、苦笑しながらも、俺の身分を保障してくれるだろう。といっても、今の俺は神殿を出てきた身だから、正確には元神官なのかもしれないが、それは、まあ今は言わないでおこう。
「シアが笑っているとほっとする。リクに似ているからかな。だから、今の祝福はお礼だよ」
 俺の言葉に、シアの顔はさらに真っ赤になった。
 ああ、やっぱりシアは可愛い。


 だから、彼女には言わなかった。
 祝福の印は、守護の印でもある。彼女が危険にさらされれば、すぐ俺にはわかる。
 どうか、その印が役に立つことなどありませんように。
 俺は、普段祈らない神に、その時ばかりは願った。

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