なんだか、いつまでたってもふれられた額が熱いような気がします。
あれからもう3日も立つというのに、です。
そもそも、神官の方がする『祝福』は額に口付けるのではなく、ただ手をかざしていただけだったはずなのに。
小さい頃、神殿で見たものはそうだったから間違いないはずです。
ユーインさんが神官だということは、間違いありませんでした。
しかも、おにいちゃんによると、結構地位も高かったらしいのです。だから、『祝福』が嘘だとは思いません。
思わないけれど。
口付け、なんて初めてじゃないはずなのに、されたのは額になのに、どうしても思い出すと恥ずかしくなってしまって、まともにユーインさんを見られません。
目を閉じると、あの時近づいてきたユーインさんの奇麗な青い瞳が浮かんでくるし……。
「シア、あんた、何道ばたで百面相してるの?」
「わあ、アイリ! びっくりした」
いきなり声をかけられて、私は驚きのあまり手に持っていた荷物を落とすところでした。
「どうしちゃったの? あんた最近おかしいよ」
アイリの言うとおりかもしれません。
「いろいろあったから」
溜息とともにそう言うと、アイリは何故かおかしそうに笑っています。
「村で噂になってるんだけど。あんたがリクと美人を取り合っているって」
美人?
そう聞いて真っ先に思いつくのは、何故かユーインさんです。
で、でも、美人と取り合っているって、えーえええ!
「私ユーインさんとそんな関係じゃないよ!」
「ふうん? 私は誰とは言っていないけど?」
あ。うかつでした。
さっきからずっとユーインさんのことを考えていたから、うっかり答えてしまった私は、本当にお馬鹿さんです。
「やっぱりねー、仲良さそうに二人で歩いてたの見たし」
「いつのことよ、それ。大体、普通に歩いていただけだし」
「そうかなあ。なんだか二人で楽しそうに笑いあっていたし、あの人、シアのことすごく優しい目で見てたもの。だから邪魔しちゃ悪いって声かけなかったんだからね」
感謝しなさいよ、なんて言われても困ります。
ユーインさんは、父さんとおにいちゃんのことがあるから、親切にしてくれるだけで、好きとか嫌いとか、アイリが想像することなんて、何もないのに。
「まあ、ちょっとあの人豪華すぎる感じだから、シアの好みじゃなさそうだよね。私は、あの黒い人、好みだけれど」
そういえば、アイリはがっしりした男の人が好きだったはずです。
初恋の相手も、通りすがりのいかつい冒険者の人だったし。
私も、どちらかといえば、父さんみたいな体格の人が好みだったはずなのですが。
でも。
ユーインさんを見ていると、ああいう感じの人も悪くないななんて、ことを思ったり思わなかったり。
「そうえいばさ、最近ぶっそうなんだから。気をつけないと」
ぼんやりと、馬鹿なことを考えていた私に、ふいにアイリが真面目な顔をしました。
彼女がこういう様子なのはめずらしいことです。
「何かあったの?」
「知らないの? 街の方で見なれない騎士や兵士とかがうろうろしていて、何かあるんじゃないかって。この前街から帰ってきた人が言ってたから」
嫌な感じがしました。
騎士は本来あまり辺境へはやって来ません。
たまに盗賊団とか、都で悪いことをした人を捕まえるために兵士が派遣されることはありますが、騎士様となると余程のことがないとここまでやってこないのです。
最近は周辺国とも関係も落ち着いていて、まさか戦が起こる前兆というわけではないでしょうし。
だとしたら、考えたくはないけれど、ユーインさんが言っていたことと関係があるのかもしれません。
「ごめん、アイリ。私、ちょっと用事が出来たから、またね」
「シア? どうしたの?」
急にそわそわしたから、アイリも不思議に思ったのはわかっています。
けれども、どうしてもアイリに言ったことが気になってしまうのです。ユーインさんたちに相談した方がいい。
あせる気持ちのまま、私はもう一度アイリにごめんと謝ると、その場をかけだしたのでした。
「ゆ、ユーインさん!」
駆け込んだ台所で、ユーインさんはやっぱり来たなって表情を浮かべて私を見ました。
「あー、聞いたんだな。その顔だと」
そう言いながら、息を弾ませる私に、椅子をすすめます。
そこで、私はいきなりここに飛び込んできたことを思い出しました。
「ご、ごめんなさい! 不法侵入ですよね」
扉も叩かなかったし、声もかけなかった自分は、思っていたよりも動揺していたのかもしれません。
「いや、別にいいよ。今、ここは俺ひとりだし、あんたが来るだろうと思ってたし」
いつのまにか、ユーインさんの手には、カップが握られていました。中から、良い香りがします。
「飲みな。気持ちが落ち着く」
押しつけられるように渡されたカップの中には、琥珀色の飲み物が入っています。
「……ありがとうございます」
お礼を言って、私はそれに口をつけました。
やっぱり、ユーインさんの入れてくれたお茶はおいしいです。甘い香りとほろ苦い味に、私の中の不安は薄れていくようでした。
「落ち着いた?」
「はい」
さっきまでのあせっていた自分がちょっとだけ恥ずかしくなりました。
きっと、ものすごく可愛くない顔だったはずです。あんな顔を見られたかも、と思うと少し憂鬱になりました。……やっぱり、こういうことを思うのって、変かもしれません。
「で。シアはどこまで聞いたんだ?」
私の前に椅子をひっぱってきて、向かい合うように座ったユーインさんが顔を覗き込んできます。
え、えーと。少し近すぎな気がするんですが。ここは気にしない方がよいのでしょうか。
でも、彼の顔は真剣そのものだし、その目には何かを思案するように細められています。
……やはり気にしない方がいいのでしょう。
実際、起こっていることが、私たちに関わっているのならば、対策を練らないといけないのかもしれませんし。
私は気持ちを切り替えることにして、さきほどアイリから聞いたことを思い出しました。
「見なれない騎士や兵士が街をウロウロしているってアイリが言っていたんです。ここまで街の噂が流れてくるなんて滅多にないですから、余程目立っているんだと思って」
そうなのです。
街とこの村では一応行き来がありますが、村を訪れた人の話題に登るのは、流行っている服とか飾りとか歌などで、街の様子がどうとかいうことはあまりありません。
あるとすれば、疫病が流行りそうだとか、大きな事件があったとか、街では普段ないような目立つことが起こったとか、そんな時だけです。
「時々、盗賊退治とかで王都から派遣されることもあるから、関係あるかどうかわからないが。一応、ダグラスに様子を見に行かせている」
「ダグラスさんが?」
「騎士のことなら、あいつの方が詳しい。ニセモノだったらわかるだろうし、本物なら、どこに所属してどの派閥についているのか見てきてくれるはずだ」
そういえば、ダグラスさんは騎士様でした。
あまりそうは見えないですけれど。
「ただの、盗賊退治ならいいんですけれど」
でも、最近、そんな物騒な話は耳にしていません。
そういう話があるのならば、注意するようにと村長から通達があるはずですし、旅人や冒険者の人たちも何か言うはずです。特に冒険者の方は、軍に協力して盗賊を捕まえたりすることもあって、事件がおこればどこからか集まってくるのに、今回はそれもなさそうなのです。
「大丈夫だって。シアのことは守るって約束しただろ」
俯いてしまった私の頭に、ぽんっと大きな手が乗ると、ユーインさんの声がしました。
顔を上げると、さっきよりも近い位置に、彼の顔があって、私をじっと見ている目とばっちりと合ってしまいました。
「何がきたって、俺が追い払ってやるからさ」
さっきまで頭の隅においやっていたのに、ユーインさんに言われたとたん、あの記憶が蘇ってきました。
ど、ど、ど、どうしよう!
頭に浮かんだのは、それだけで、それ以上考えられなくて。
気が付くと、彼の顔は、さっきよりももっと近くなっていました。
「大丈夫。シアが泣くようなことは、絶対させない」
最初会ったときとは違う、優しい眼差しが私に注がれていて、胸の奥がざわつく気がしました。
どうして、こんな目で私を見るのか―――そこに何か意味があるのか、知りたいと思いました。
「ユーインさんは、私がおにいちゃん―――リクの妹だから、優しくしてくださるんですか?」
まっすぐに、目を逸らさずに。私はその言葉を口にしました。
そうでなければいい、だけど、そんなはずがない。そんな矛盾した思い故の問いかけでした。
「違う」
即答されました。
「最初は確かにそうだった。でも、今は、たぶん違う。俺は―――」
俺は、の続きは何なのでしょう。問い返すことも出来ず、私はユーインさんを見つめ続けていました。
聞きたい。でも聞きたくない。
さきほどからずっと考え続けていることが、頭の中でぐるぐると回っています。
「シア、ごめん」
何に対して謝っているのか。
頭にあったはずの指先が、いつのまにか頬へ、そして肩へと滑り落ちるように移動していきました。
「なんか、止められねぇかも」
それは、無意識の呟きだったのか。
肩を掴んだユーインさんの手は、緊張しているのか、痛いほどに力が籠もっていました。
たぶん、私も。
思わず掴んだシャツを皺にしてしまうほどに、力が入っています。
この次、何が起こるか、なんとなく想像できたから。
そして、拒むことだって出来たはずなのに、それをしようと思うことさえなかったのです。
「緊張するなんて、らしくねえ」
そんな掠れた呟き声に、ああ、同じことを思っているんだな、と不思議な気持ちになりました。
私よりもずっと慣れているような気がしていたのに。
私も―――きっと、ユーインさんだって、初めてじゃないのに。
それなのに、どうしてこんなに胸がどきどきしているんでしょう。
やっぱり、私はこの人のことが、好きになりかけている。
事実として受け入れるのには、ちょっとだけ恐い気がしました。
それでも。
柔らかい感触が私の唇に触れて、好きと囁かれて―――すごく幸せな時も、泣きたくなるんだな、とそんなことを考えていました。
「ええと。とりあえず、一人で歩くなよ」
妙な緊張感と、気まずさと、くすぐったさの漂う部屋で、ユーインさんが、ぼそりと言いました。
「今のところ、この村の中には変な奴はうろついていないけど、用心した方がいいと思う」
「………はい」
「今日は、送ってくから。あんまり遅くなって、あんたのオヤジさんを心配させてもいけないし」
あ、そういえばアイリに会ったあと、家にも帰らずまっすぐにここへ来たのでした。
「そ、そうですね。帰らないと」
そう言いながら、私はゆっくりと立ち上がりました。
「オヤジさんも、例の話は聞いているだろうから、ちょっと話しときたいし」
考えてみれば、私も父さんも、当事者です。
しっかりしなければ。
そう決意するように拳を握り締めると、ユーインさんがおかしそうに笑いました。
あれ、私の態度、そんなに変だったでしょうか。
「俺さ、普通に恋をして、平凡に生活して、ただの人として死ぬことが、夢だった。そんな生活をくれるなら、相手がどこの誰でもいいってさ」
「はい」
「でも、誰でもいいっていうのは、間違いだった。『誰でも』じゃ、駄目なんだ」
絞り出す様な声は、祈りを捧げているようにも思えました。
伏せた長い睫の下の瞳は見えず、彼が何を考えているのか表情からは読み取れません。
それなのに、泣いているような気がしたのは、何故なのでしょう。
「こんな年になって、今更気付くなんて、おかしいよな」
どうしたらいいのかわからなくて、私はそっと、彼の手に触れました。
触れた指先が震えていたから、力を込めると、強く握り返されました。
「遅くないです。私、どんな理由があったとしても、おにいちゃんがユーインさんを連れてきてくれてよかったと思ってます」
変な人だけど。
私よりも、ずっと奇麗で、女の人みたいに見えるのに口調は乱暴だけれど。
それでも、ダグラスさんやリオンさんではなく、ユーインさんを好きだと思ったのは、いつだって私を慰めてくれたからです。
適当に相手をすればいいのに、ちゃんと私と目線を合わせて、話を聞いてくれて。
口にしてしまうと陳腐な言葉になってしまいそうだけれど、すごく嬉しかったのです。。
「どうして、俺は―――なんだろうな」
呟きは、よく聞き取れませんでした。
ただ、何故か不吉な響きに感じられて、私は俯いたままのユーインさんの顔を覗き込むように見上げました。
顔に掛かった髪の毛が邪魔で、表情はよく見えないけれど、やはり泣いているように見えて。
彼の手を離してはいけないと。態度とは裏腹な、頼りない指先から感じる何かを、消してあげられればいいのに、と。
強く思ったのでした。
家に戻ると、いつもならまだ畑にいるはずの父さんが戻ってきていました。
私の顔を見ると、安心したように笑って、それから、すぐに厳しい表情で、一緒にいたユーインさんに向き合います。
「今、ダグラスに街の方は探らせている」
余計な前置きは一切せずに、ユーインさんは、そう告げました。父さんも、同じように余計なことは言わず、村の周りをいろいろと回ってみたけれど、今のところ、不審な痕跡はないと口にしました。
「俺が、気付いていないという可能性もあるから、安全だとは言えない。この村は、どこからでも入れるし、隠れるところも多い」
父さんの言う通りです。
人の少ない村ですから、昼間に見たことのない人が歩いていたら目立ちます。そもそも、用がなければ、人もやってこない場所なのです。
ただ、反対に、暗くなってしまうと、皆あまり外には出ませんから、村をそっと歩いていても気が付かないという可能性もあるのです。村と外の境目は一応あって、動物などが入らないように柵もないわけではないですが、越えようと思えば簡単に越えられるほど頼りないものだし。
「リクをこっちに帰らせようかと思っている」
「おにいちゃん、ですか?」
ユーインさんの言葉に、私は何故?というふうに彼を見返しました。
村へ帰ってから、おにいちゃんは、ほとんど家には戻ってこず、ユーインさんたちと暮らしています。父さんと大げんかをしたのが理由だとは思うのですが、今ここへ帰ってきて、何かが変わるというのでしょうか。
「ヴァージルがいれば大丈夫だとは思うが、一日中べったりひっついているわけにもいかないだろ」
「でも、おにいちゃん、剣の扱いはそれほどうまくなかった気がするんですけれど」
まったく使えないわけではないことは、知っています。旅を続けていたくらいですから、昔よりも強くなっているのかもしれません。
それでも、やっぱり、おにいちゃんが剣を構えて戦っている姿は想像できないのです。
「心配しなくても、大丈夫だ。ダグラスとリオンに時間があれば、剣は教わっていたから、それなりに戦えると思う」
「想像が付かないんですけれど」
確かに、帰ってきたおにいちゃんの手は、昔とは違っていました。
筋肉もちょっとついたみたいだし、動きだって、前よりも機敏になったような気もします。
でも。
「相手が本物の騎士様だったら、勝てないんじゃないですか?」
「いや、勝たなくてもいいんだ。時間稼ぎ程度で」
「そうだな。時間さえ稼いででくれれば、せまい村だ。すぐに駆け付けることも可能だ」
父さんまでも、頷いています。
「俺も、なるべくシアの側にいるから」
囁くようにそっと耳打ちされ、ちょっとだけ照れてしまいました。気を抜けば、さっきの出来事で、顔が緩みそうです。
……こんな状況なのに。
「うぉっほん」
大げさなくらいに大きい父さんの咳が聞こえて、私は慌ててユーインさんから離れました。
父さんの目が少しだけ恐いです。
「わ、私も、なるべく一人でいないようにします」
少しだけ早口になってしまったのは、焦っていたからかもしれません。なんだか、父さんに、ユーインさんとのことを知られてしまうような気がして。
「どちらにしても、このままだと、いつまでたっても問題は解決しない。リオンが当主になって、ルイス達を押さえ込めればいいんだが、跡を継ぐにはまだまだ問題が山積みだからな」
ユーインさんが、話を逸らしてくれたので、ほっとします。
父さんも、私の怪しい態度をそれ以上追求せず、ユーインさんの問いかけに難しい顔を浮かべました。
「かといって、俺がいまさら表に出ても、話がややこしくなるだけだろう」
「ああ。下手すると、シアはここにいられなくなっちまう。シアのことを知って、黙っているような分家や親戚連中じゃないだろうしな」
そんなに、父さんと同じ瞳の色をしていることが重要だというのでしょうか。
貴族のしきたりとか、決まりとか、理解できないです。ただ瞳の色だけで、私自身が特別なわけでもなんでもないのに。
「シア」
急に呼びかけられ、ほっぺたをむにってひっぱられました。
引っ張っているのはユーインさんで、私の顔を覗き込みながら、苦笑しています。
「ほらほら、そんな顔しないの。いざって時は、奥の手も考えてるし、シアはどーんと構えてなさい」
「奥の手?」
あ、ユーインさんが、意味深な得体のしれない笑顔を浮かべています。いかにも何か企んでいますって顔です。
「今はまだ秘密だからさ」
「怪しいです」
秘密、と言われると気になるじゃないですか。
でも、ユーインさんはただ笑うだけで、秘密の内容については答えてくれませんでした。
そして、また父さんの視線が痛いのですが。
「随分、仲良くなっているようだが」
そんな声も、ちょっとだけ恐いです。
ユーインさんは、父さんの問いかけに答えず、ふっとおかしげに笑うと、真面目な顔になりました。
「ダグラスがが帰ってきたら、状況もわかると思うから、どうするべきか考えよう」
「……ああ」
父さんは、頷きましたが、はぐらかされたことが不満だったのか、憮然とした表情でユーインさんを見つめていました。
その日の夕食は、賑やかでした。
ユーインさんだけでなく、お兄ちゃんやダグラスさん、リオンさんまでもが一緒だったからです。
私は、何故か台所で手伝いたがるユーインさんとともに、みんなのご飯を作って、テーブルに並べて。
いつもとは違う量にどこか途惑いながら、それでも楽しいと思うのは、こんな状況では不謹慎なのかもしれません。
母さんが亡くなってから、ずっと食卓は3人きりで、おにいちゃんがいなくなってしまってからは、父さんと私だけ。そんな状況がずっと続いていたのです。
あっちからもこっちからも手がのびて、大皿に盛った料理が消えていくのを見るのは、お祭りの時、広場で食べる食事のようで、自然と笑みがこぼれてきました。
お代わりもありますよ、と言うと、頷いたのは、意外にもリオンさんでした。
見た感じでは一番食べそうなのはダグラスさんなのに、実は彼が一番小食なのだとか、所作が一番丁寧で上品なのはユーインさんで、そのせいで食べ物を取り損ねてしまったりするというのも、初めて知りました。
おにいちゃんは相変わらずで、好きなものしか取ろうとしないし、父さんは無言でもくもくと食べています。
それらを見ながら、こういうことがずっと続けばいいのにと思ってしまいました。
無理なことはわかっていましたけれど。
皆がお腹いっぱいご飯を食べて、落ち着いたところで、ようやくダグラスさんが口を開きました。
どこか重苦しい雰囲気なのは、皆が彼が何をしに街へ行ったのかを知っていたからです。
「結論から言うと、街にいたのは、騎士とはいっても王宮務めの者ではなく、貴族に個別に仕えている私設騎士団だった」
個人雇いの騎士については、前に聞いたことがある気がします。正式に国に雇われている人とは別に、個人に仕える騎士もいるのだと。
「どこに所属している騎士だ?」
ダグラスさんの言葉に、ユーインさんが尋ねると、あまり表情のない彼の顔が、少しだけ苦いものに変わりました。
「カヴィル家だ。表向きは、リオン。お前を捜していたようだぞ」
「私、ですか?」
口元を歪め、困ったようにリオンさんは溜息をつきました。
「一応、仕事先には長期休暇申請していますし、そっちの方は問題ないはずなので、捜されるのは心外なのですが」
「いや、お前、家に何も言っていないってところが問題なんだろ」
「そうそう、リオンって、仕事の予定とか、絶対家に言わないよね」
ユーインさんだけでなく、おにいちゃんまでも、リオンさんに向かってそんなことを言い出します。
「ええと、いまさらなんですが、リオンさんて、今何されているんですか?」
「私ですか? 王宮で近衛を少々」
騎士さまよりも、位が上なんですけれど。
ダグラスさんが騎士さまで、リオンさんが近衛。確かユーインさんは、神官さま。
ちょっとすごい取り合わせな気がしてきました。
「ただ、リオンを捜しているというわりには、やたらとこの村のことを聞き回っていたらしい。どれだけの人間が住んでいて、今どういう状況かとか、途中から村へ住み着いた人間がいるのかどうか、とか」
「あからさまだな」
父さんは、不愉快そうです。
「近い内に、この村にもやってくるかもしれない」
「わかってる。だから、今日から、俺が家に戻るよ。いいだろ、父さん」
無言で頷いた父さんは、最初の時のようではありません。あの時怒っていたことはもういいのか、それとも私が思っている以上に、状況が悪いのか。
おにいちゃんが帰ってきてくれるのは嬉しいですけれど、それとともにやってくる厄介な事を考えると、憂鬱になってきます。
「大丈夫」
いつのまにか隣にきたユーインさんが、私の頭をぽんぽんと叩きました。
「大丈夫だからさ」
何度も聞いたその言葉は、何故か私を安心させてくれます。
だから。
「大丈夫です。みんなもいてくれるから」
私は笑ってそう言えたのでした。