硝子の国の物語

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 舞踏会から、2日が立った。
 王命により、謎の女性の探索が続けられていたが、一行に行方が知れない。
 苛立つ王とは裏腹に、カイルの方は呑気で、『僕の理想が具現化したのかもしれないよ』などと、心にもないことを言っている。
 ラーナはといえば、最初こそ興味がないと一歩引いたところで、成り行きを見守っていたが、どんなに探しても見つからない少女が気になり始めていたところだった。
 今日もカイルの部屋を訪れて、『硝子の靴』を残して消えた美少女のことを話している。
「宮殿内に入ることができたのですから、確かに招待客ではあるわけです」
 だが、該当する女性はいない。
 あの日、王宮に招かれたものは、有力者か貴族だけなのだ。もちろん従者や護衛もいたが、それらの顔は大抵見知っている。
「不思議ですね。いったい、彼女はどこから来て、どこへ帰っていったのでしょう」
「気になるのかい?」
「気になります。門番が不思議なことを言っていたのですよ。例の少女ですが、それらしきものを通した記憶がないと。馬車に乗っていたのだとしても、外套を着ていたのだとしても、あれほど目を引く容姿をしているのです。どこか記憶の片隅にでも、残りそうなものですけれど、まったく覚えていないとのことでした」
「それは、困ったね」
「ええ。困りました」
 実直でマジメな門番は心痛で落ちつかないようだし、王も頭を抱えている。
「探してみるかい? 僕たち二人で、父上よりも先に」
「できるでしょうか?」
「実を言うとね、僕も段々気になってきたところなんだよ。正体不明の彼女の目的は何なのか。片方だけ靴を残してみせたということが、いかにも意味ありげじゃないか?」
 言われるまでもなく、ラーナもそう思っている。
 いくら急いでいたとはいえ、ただ階段を降りただけで、靴が脱げるとは思わない。
 カイルの話によれば、広間の時計が12時を打ったとたん、急に帰ると言い出したのだそうだ。
 舞踏会はまだ終わる気配もなく、誰一人帰路についてはいない。
 そんな中の突然の申し出にカイルが戸惑っていると、彼女はさっさと広間を抜け、宮殿から外へ出る扉を抜けていってしまった。
 そして、扉の先の階段を半分ほど下りたところで、振り返った。そこにカイルが立っていることを、確信しての行動だったに違いない。
 何か言いたげな―いや、むしろ挑みかける眼差しで、カイルを見上げていた少女。
 先ほどまでの、清楚な雰囲気とは一変した笑顔に、女性嫌いであるはずのカイルでさえ、一瞬息を呑んだのだという。
「で、駆け出した彼女は、硝子の靴を残して消えてしまったというわけだよ」
「やはり、手がかりは硝子の靴ですか」
 硝子の靴。
 そんなものを見たのは、二人とも初めてだった。
 透明で硬いため、履きにくいものかと思ったが、試しに足を入れてみた感触では、それほど動きにくくはなかった、
 もっとも、そうは言っても、素材が硝子なので、ダンスを踊るのは大変かもしれない。
 ラーナの印象では、彼女は軽やかにステップを踏んでいたようだから、初めて履いたのではないかもしれなかった
 だとすると。
 それを作った職人がいるはずなのだが。
「陛下が硝子職人を調べさせましたが、あのようなものを作った職人は、国内にはいないそうです」
「国外だったら、やっかいだね」
「それからドレスですが、あれには真珠が縫い付けてありましたね」
「よく見ているね、ラーナ」
 もちろんだ。
 この国は、海から離れた内陸部にあるため、真珠は一部の金持ちか有力貴族しか手にいれることができない非常に高価なものだ。
 それが、幾つも縫い付けてあったことは、手がかりになりそうな気がする。
「あれほどのものですから、これもやはり調べてみる価値があるかもしれません」
「そうだね、では、そのあたりから、捜してみようか」
 めずらしくやる気になったカイルを見ながら、ラーナは苦笑する。
 こういう情熱を、仕事にまわしてくれればいいのだけれど。
 どうしても、そう考えてしまう。
 けれど、彼は自分が王になることを厭っていて、それを先延ばしにしようとしている。
 自信がないのだよ、とは彼の口癖だった。
 それは当たっているのだと思う。彼は、見た目よりもずっと気弱で、臆病なのだ。
 幼い頃から、自分の性格をよく知っていて、王という器にふさわしくないと、ずっと言い続けている。それが、あながち間違いではないと知っているので、ラーナは、できることならば、どうにかしてあげたいと思ってしまう。
 できないことは、わかっている。
 誰にも、彼の運命を肩代わりすることなのできないのだ。
 ならば、せめて、彼の側で、彼が動きやすいように力を貸そうと思う。
 それが、ラーナに出来る精一杯のことだから。
「まずは、ドレスの出所からですね」
 当面の目的は、謎の美少女捜しだ。
 すばやく頭の中身を切り替えると、ラーナは行動を開始することにした。


「大量の真珠を取り寄せたことがあるという話はあったのです」
 翌日、カイルの元を訪れたラーナは、報告をはじめた。
「でも、随分昔のことでした。20年ばかり前でしょうか」
「よく聞き出せたね」
「それは、まあ、いろいろとコネもありますし」
 言葉を濁すところが怪しいと思ったカイルだが、敢えてつっこまない。
「取り寄せたのは、この国の貴族の一人でした。自分の妻に贈るドレスを飾るためのものだったらしいですわ」
「まったくもって、贅沢なことだね」
 溜息とともに、カイルが呟いた。
 真珠は高い。
 普通の貴族ならば、ネックレス程度の真珠を取り寄せることは可能だろう。
 だが、カイルが覚えている少女のドレスについていた真珠の数は、半端なものではなかった。
「国はそれほど裕福ではないのに、羨ましい限りだ」
 カイルは苦笑する。
 ラーナにも、彼の気持ちはよくわかる。
 冬が長く、肥沃な土地も少ないこの国は、はっきりいえば、あまり裕福な方ではない。
 鉱山があることで、それなりに財政が潤っていたのは、一昔前のこと。
 今現在、資源のつきかけた鉱山は事故も多く、国の悩み事のひとつになっている。
「で、その真珠の持ち主はどんな貴族なんだい?」
「北のはずれに領地を持つロシュフェル男爵です。10年ほど前までは、それなりに財産を持っていたようですが、現在は、カイルが羨ましがるほどではありません」
「ああ、彼なら聞いたことがあるよ。ケチで有名だって話だけど」
 こほん、とラーナが咳払いするので、カイルは肩をすくめてみせた。
「そのような物言いは、控えられた方がよろしいかと思いますが? 普段から使っていますと、うっかり本人の前で口にしてしまいますよ」
「大丈夫、会うことは滅多にないから。まあ、ラーナが気に入らないなら、倹約家とでも言い換えておこうか」
 そういう問題ではないはずなのだが、ラーナは思わず笑ってしまった。
「真珠のドレスもそうですが、奥方が大変な派手好きで、浪費家だったそうです。所有の鉱山が閉鎖されても、その性癖は直らず、結局、奥方が亡くなるまで、かなりのお金も借りたそうですわ」
「うーん、アリガチだね。それで彼は倹約家になったのか。気の毒に」
「1年前、貴族の未亡人と再婚していますが、その相手に娘が二人います。どちらも舞踏会には出席していますが、問題の少女でないことは確認しました」
「でも、手がかりは、今のところ、そこだけだ」
「行ってみますか?」
「いいね、久々にお忍びっていうのも、楽しそうだ」
 そして、決行するのは早い方がいいと二人は早速城を抜け出す算段を話し始めるのだった。

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