勇者が村にやってきた

戻る | 進む | 目次

  2.勇者様、到着。  

 予想以上に勇者らしい勇者。
 それが、勇者が滞在予定の屋敷で彼らに会ったアサギの第一印象だった。
 金色の髪と青い瞳。背はそれほど高くはないが、引き締まった体と日に焼けた肌はなかなか見応えがある。
 顔も悪くない。
 どこか垢抜けた優しい顔立ちは、物語に出てくる英雄そのものに見えた。
 だが。
「この村には美人はいないんだな。出迎えてくれたのも、俺たちを見てたのも、老人と男とおばさんばっかりだった」
 きっぱりはっきり言った勇者に、アサギは一瞬殺意を覚える。
 村の男連中ならばはり倒すところだが、相手は勇者様。
 失礼があってはいけないと、村長にしつこくしつこく釘をさされている。
「辺境の村ですので、申し訳ありません」
 頭を下げながら、見えないところで、ちっと舌打ちする。
 顔はいいかもしれないが、性格はよろしくない。
 物語に出てくる勇者は女性にもてたかもしれないが女好きではないし、態度もでかくない。
 もちろん、アサギだって物語通りの勇者が現実に存在するとは思っていないが、これはひどすぎる。
 だいたい、第一声が『美人がいない』はありえないだろう。
 アサギは心の中で『平常心、平常心』と呪文のように唱えながら、笑顔を浮かべた。多少引きつっていたかもしれないが、本音が漏れるよりはましだ。
「いたらないこともあるとは思いますが、なるべくご不自由のないようにいたします。何でもおっしゃってくださいませ」
 舌を噛みそうになりながら、とりあえずそんなことを言っておく。
 さきほど、勇者を連れてきた村長が耳打ちしたのだ。
 勇者様からたんまりと滞在費をもらったので、女性以外の望みならなるべく叶えるようにと。
 今日はもう遅いので、屋敷に直行して休んでもらうことになったが、明日は歓迎の宴を開く予定だとも言っていた。
「まあ、いい。屋根と床と壁があるだけでもありがたい」
「だよねー。野宿じゃないだけ、まし」
 勇者が室内を見回して感想を述べると、隣に立っていた女性が初めて口を開いた。
 勇者一行の中で唯一の女性である彼女は、とても背が高かった。勇者よりも高い。しかも、これまた見たこともないくらいの美女である。
 いささか露出の多すぎる服を着ているせいで、同性であるはずのアサギも、ちょっとだけ目のやり場に困ってしまった。
「とりあえず、私たち、おなか空いてるんだよね。台所、どこ?」
「あ、いえ、お食事は私が――」
 用意します、と言い掛けたアサギの言葉を女性は遮った。
「え、そんなの悪いよ。宿提供してもらうだけでも、ありがたいのにさ」
「そうですよ。あまり迷惑をかけるのも悪いですから」
 一行の後ろに控えめに立っていた、この中で一番年かさそうな青年が爽やかな笑顔を受け部ながら言う。神官が着るような裾の長い衣を身に纏い、手には宝玉のついた杖を持っている。そういえば、勇者一行の中には『賢者』もいると噂で聞いていたが、彼がそうなのだろう。『賢者』は勇者同様特殊な職業だ。世界にも3人しかいないと聞いたことがある。
「材料があれば、我々でします。今日はもう遅いですし、どうかもう休んでください」
 賢者が言うと、女性も頷く。
「えー、でも俺たち全員、料理下手でしょ」
 だが、帰ってもいいよという雰囲気に割って入ったのは、一行の中で一番地味で目立たない男だった。
 腰に剣を下げている以外は、そこら辺にいる普通のおにいさんのような格好をしている。他の3人がそれらしい格好をしている中、かなり浮いていた。
「適当に切って、適当に味付けした料理は、今日はちょっと食べたくない」
 心底嫌そうに言っているところを見ると、料理上手でない彼女も驚く味なのかもしれない。
「期待されるとちょっと困りますが……普通の料理なら出せますから」
「うん、普通に食べられるものだったら、大歓迎」
 嬉しそうに言われて、それならちょっと頑張ってもいいかな、と普段思わないようなことを考えたアサギだった。
 これは彼女にしては珍しい。基本的に、あまり他人にかまわない性格なのだ。
 勇者一行が思ったより恐くなかったせいかもしれない。変わってはいるし、性格にも難ありそうだが、乱暴で強引という印象はなかった。
 それに、自分が老けて見えるせいか、彼らの接し方は普通だ。時々、聞かなかった事にした方がいいような発言も出るが、アサギを邪険にするわけではない。
 どちらにしても、ほんの数日の間のことだ。親しくなることなどないだろうし、村長からも必要以上に接しないようにと言われている。
「すぐに用意しますから、少しだけお待ちください」
 そんなことまで口にすると、4人の目が期待に満ちた目差しに変わった。


 アサギが用意した料理は、簡単な炒め物と煮ものと、家から持ってきた果物を発酵させて作った飲み物とパンだけだったが、勇者たちは思いのほか喜んだ。
 無言のまま、あっというまに平らげてしまう。
 いったい今までどんなご飯を食べていたのか聞いてみたいような気もしたが、村長の言葉を思い出し、何も言わなかった。
 アサギ程度の料理の腕前で感激するくらいだから、よほど食事事情は悪かったのかもしれない。
「この村に着くまで、野宿続きでしたからね。普通の料理なんて、何週間ぶりだか」
 賢者の言葉に、アサギは首を傾げる。
 確かにこの村は辺境にあるが、道は一応整備されている。一番近くの村も確かに遠いが、何週間もかかるわけではない。普通に村にやってくるならば、そんなに長くまともな食事をとらずにいるということはありえない。
「あー、実は、私たち北の山を越えてきたんだ」
 アサギが不思議そうな顔をしたからなのか、応えてくれたのは魔法使いの女性だった。
「北の山、ですか? だってあそこには魔物がたくさんいるし、道もないですよ?」
 村の北に位置する高い山は、昔から人が入り込まない場所だった。魔物が多いだけでなく、毒のある植物や危険な動物も多いのだ。
 そんな場所を平気で通ってくるとは、やはり勇者たちだからこそなのかもしれない。
 普通の人間ならば、入れば二度と生きては帰ってこれない場所なのだ。アサギも小さな頃から、決して近づいてはいけないと言い聞かされて育った。
「魔物が多いのは聞いてたんだが、ちょっと調べたいことがあったんだ」
「あの山にですか、勇者様」
「そう。あんまり成果はなかったけどな」
「というより、散々だったんだから! 魔物が多いから夜も交代で起きてなくちゃいけないでしょ。寝不足でお肌はボロボロだし、お風呂なんて当然入れないから、髪はごわごわよ」
 魔法使いが突然立ち上がって叫んだ。
 アサギは唖然として彼女を見上げるが、他の3人は慣れているのかまったく動じない。彼女を無視してもう別の話を始めている。
「あ、ねえねえ、お風呂! 水風呂でもいいから、髪洗わせて!」
「は、はい。お風呂は用意してあると思います。よろしければ、すぐに案内しますが」
 確か、勇者が村に到着したという話を聞いた後、おばさんたちが、お風呂の用意をしておいてくれたはずだった。
「うー、助かる。じゃ、私、お風呂入ってくるから」
 早く早くと急かす魔法使いに、背中を押されながら、アサギは調子が狂いっぱなしだ、などと呑気なことを考えていた。
 後日起こる騒動など、まったく想像もせずに。

戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 2010 Ayumi All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-