「へー、これはこうやって食べるんだー」
台所で干し芋を戻しているアサギの姿を、魔法使いは物珍しげに見ている。
この村のことをいろいろ話したあと、魔法使い以外の皆は、それぞれやるべきことがあるからと外に出ていってしまった。
剣士と賢者は結界の調査と修復に、勇者の方は北の山にいる魔物の捜索である。
残った魔法使いは、護衛と称して、ずっとアサギの周りをうろうろしていた。
「甘く煮てもいいし、お肉と一緒に煮込んでもいいんです。料理が得意じゃなくても、簡単に作れるんですよ」
「すごいね。私なんて、小さい頃から魔法院で暮らしていたから、料理なんてしたことないんだよ。あそこでは魔法使う以外のこと、教えてくれなかったからさ」
「それなら、一緒につくってみます?」
そんなに難しい料理ではないし、応用もきく。干した芋はわりとどこでも手に入る保存食だから、携帯食である干し肉と煮てもいい。
「いいの?」
「はい。せっかくですから」
断るかと思ったが、魔法使いは興味津々といった様子だ。
見よう見まねではあるが、アサギを習って、野菜を切り始める。そのぎごちない動きに、アサギは自分が小さい頃を思い出していた。
病弱な両親と忙しい兄に負担を掛けまいと、手探りで料理を始めた頃のことだ。
母親がしていたことをまねながら、試行錯誤を繰り返していた。なかなか上手く作れない料理は味も今ひとつだったのに、両親も兄も『おいしい』と言ってくれたのだ。
今の状況が、あの時に似ているような気がして、自分よりも年上のはずの魔法使いだけれど、母親が子供に料理を教えているような気持ちになる。
「どうせ煮こんじゃうんですから、だいたい同じくらいになれば、形はあまり気にしなくていいですよ」
「そ、そう? そういうものなんだ……」
「別に高貴な人に出す料理じゃないですし。……あ、でも私それほど料理上手じゃないから、私が教えるのもどうかって感じですけれど」
「いや、これだけ作れれば十分。なにしろ、私達4人の料理の腕前はひどいものだから」
初めて出会った日の剣士の必死な目を思い出す。いったいどんなものなのか、本気で一度見てみたい気もしてきた。
「携帯用の干し肉は結構塩味がきついですから、あまり余計な味付けもしない方がいいです。塩抜きすれば問題ないですけれど、旅の途中でそういうのは難しそうですよね」
彼らが持っていた、旅に便利な携帯食は味が濃かったり固かったりするものが多い。新鮮な野菜や肉を使うのとワケが違うだろう。
「あ、だから、いつも辛いんだー。まあ、ひどいときには、火が使えなくて、そのまま丸かじりだからね。味はどうしても後回しになっちゃう」
感心するように言う魔法使いに、旅をしたことなどないアサギは目を丸くした。
いや、彼らの旅が普通ではないのかもしれない。魔物退治が目的ならば、人のいない場所にだって行かなければならないのだろうから。
「もっとおいしい携帯食ができればいいですね」
そんな言葉しか出てこない。
「ほんと、そうだよね。……で、この野菜、どうするの?」
いつのまにか、魔法使いは野菜を切り終わっていた。どうするかを聞かれ、煮えにくいものから入れるのだと答えると、驚かれた。
本当に、彼女は料理の経験がないらしい。
「うーん、魔法を使うよりも面倒」
そう言いながらも、本人は楽しそうだった。
だが、野菜を全て入れてしまい、煮込み始めると、二人の間に沈黙がおちる。
「……結界って、どこにあったんですか?」
先にその静けさを破ったのは、アサギだった。村の中ではないのだろうとは思っている。夕べ帰ってきた剣士は、山か森の中――しかも道ではない場所でも歩いたような様子だったのだ。
「それ聞いてどうするの? 見に行くってのは駄目だよ」
「一緒でも?」
別に出かけるつもりはなかったが、ひょっとするとという気持ちもあって尋ねてみる。
「気になるのもわかるんだけど、でも、その場所にあんたを連れていくのはねえ」
「そんな辺鄙な場所にあるんですか?」
「うーん、森の奥のガケの途中?」
「……心配しなくても、そんなところ行けそうにないです」
「ははは、そうだよね。アサギ、どう見ても、普通の人だものね」
確かに、人よりも力はあるほうだと思うが、険しい山や崖に登ったり、道がないところを歩けるほどの体力はない。魔物にでも襲われたら、そのままなすすべもなく殺されてしまうだろう。
「大丈夫。あそこにはえらーい賢者様が調査に行ったからさ。ああ見えて、あいつ肉体派だから」
「肉体派?」
「あいつ、いつもだらだらーっとした服着てるからね。ひ弱そうに見えるけど、強いよ?」
剣を使うのだろうか?
だが、持っているのはいつも古びてはいるけれど立派な杖だ。腰にも剣はさがっていない。もしかすると、あの服の下に短剣でも隠してあるのだろうか。
「一応、言っておくけれど、あいつの武器は拳と足」
「は?」
「だから、肉弾戦がやつの得意とするところなの。ええと、脱いだらすごいんですって見本みたいな体してる」
想像できなかった。
穏やかそうな目差しだし、物腰も柔らかで、血を見るのも苦手そうな雰囲気なのだ。
「それに、呪術や結界に対しては世界一だからね、大丈夫」
どのくらい賢者がすごいのか、本当の実力を見たわけではないが、魔法使いが自信たっぷりに言う姿は、嘘をついているようには見えなかった。
そもそも、魔王を退治した1人なのだ。
弱いはずがない。
「結界が元に戻ったら、この村の人間が魔物に好かれる体になっちまうっことはなくなるよ。ちゃんと神殿にも連絡して、定期的に結界の様子も見て貰うようにするから、安心しなって」
魔法使いの言葉に、アサギは驚く。
勇者達は結界を修復してくれるとは言っていたが、それが済んだら終わりだと思っていたのだ。
滞在後のことまで気にして手配してくれるとは考えていなかった。
勇者達がいつもそうなのか、それともたまたまなのか、判断出来ない。
「どうして、そこまでしてくださるんですか? 元々、北の山に逃げ込んだ魔物を退治するために来たんですよね?」
「いつもはそこまでしないんだけど、私たち4人とも、こういう辺境の村出身だからさ。なんか懐かしくて。ほっとけなくなったっていうか」
意外だった。剣士はわからないが、勇者や賢者などは、貴族と言われても違和感ないほどに、上品な顔をしている。所作ひとつとっても、優雅だった。
「私のいた村、もう、なくなっちゃったし」
「え?」
「私の住んでた魔法院は分院でね。小さな村の中にあったんだ。でも、ある日魔物がやってきて、村ごと焼き尽くされちゃって。あいつらの村も、似たようなもんだよ」
「……ごめんなさい」
一瞬遠い目をして、無理に笑う魔法使いに、アサギは後悔した。
「謝ることないよ。そういうことがあったから、今の私たちがあるんだ。私達みたいな人間は作りたくないしね」
この村は、魔王が蘇って世界が混乱したとき、あまりにも辺境にある故に、被害は少なかった。
それでも、魔王討伐隊に参加させられ、戻ってこなかった人間はたくさんいる。
アサギの兄もその一人だし、村長の息子も、アサギの初恋の相手も、帰ってこなかった。あるはずだった未来を断たれたのは同じだが、まだアサギには居場所がある。
この村が、残っているのだ。
「欠けた心を埋めるものは、北にある、か」
「え?」
「ううん、なんでもない。ちょっと知り合いの占い師の言ったことを思い出しただけ」
魔法使いは照れたように言うと、鍋を覗き込んだ。
「ねえ、この芋、さっき甘く煮てもおいしいって言ったよね。それ食べたい」
「わかりました」
あえてお互いにそれ以上何も聞かない。魔法使いが話を逸らそうとするのならば、アサギも知らないふりをした方がいい。
「あいつら、むさ苦しいなりしているけど、甘いモノ好きなんだよ。きっと喜ぶ」
一方魔法使いの方も、アサギがつくったものなら絶対に、という言葉は呑みこんだ。
目の前にいる女性は、ごく普通の人間で、魔物だの陰謀だの復讐だのとは無縁なのである。
これ以上自分たちに関わらない方がいい。
わかってはいるのに、それができない自分がもどかしかった。