緑の夢の庭

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  [2]  

 どのくらい緑の草の埋もれるようにして、ぼんやりとガラスに遮られた空を眺めていたんだろう。
「春花」
 名前を呼ばれて、私は我に返った。
 聞きなれた声―――心地よいその低い声に、視線を動かす。
 少し離れた場所で心配そうに私を見ていたのは、悠基という名前の地球人の男性だった。兄のようであり父のようでもある人だ。彼は、未成年である私の、書類上の保護者になってくれている。
「どうした? ぼんやりとしているじゃないか」
 悠基の言葉に、私は苦笑する。
「ちょっと考え事をしていたから」
「ここに皺がよっていたぞ」
 額を指さしながら、悠基が笑いかけてくる。
 そんなに難しげな顔をしていたんだろうか。
「今、時間は大丈夫か?」
 近づいてきて、すぐ横に座った悠基の言葉に、私は頷いた。
 いつもの、どこかくたびれた雰囲気の悠基とは違う、ひどく真面目な顔をしている。
 悠基がこういう表情をするときの、用件はひとつしかない。
「仕事?」
「ああ」
 やはりそうなのだ。
 けれども、不思議にも思う。
 私たちの職業は、凶暴化した獣を狩るという特殊なものだ。
 狩りは滅多にないことだし、ハンター同士で情報はある程度交換しているから、事件が起こった時には何かしら耳に入ってくる。
 だが、今の時点でその手の話を聞いてはいない。珍しいことだ。
 それなのに、悠基は仕事だという。
「今回は、少し本来の役割からはずれたものなんだ。春花が知らなくても当然だ」
 悠基が補足するようにそう告げる。
 私があまりにも驚いた顔をしたせいかもしれない。
「もうそろそろ住人には正式に発表されているとは思うが、この星に、異種の生物を持ち込んだ奴がいた」
「は?」
 一瞬、悠基の言葉に耳を疑う。
「外来種の生物の持ち込みは、厳しく制限されているはずでしょ?」
 私の言葉に勇気は肩を竦める。
 どうやら、冗談ではなく本当のことらしかった。
「カラリスという星系を知っているか?」
 聞いたことがある。
 確かここと似た環境の星で、雨期の時以外は、生物は砂の中で、眠っているかのように動かずにいるらしい。
 皮膚を石のように硬くして、一見すると鉱物か何かのように見える姿で、乾期の間は過ごす。
 そうやって、昼の暑さや夜の寒さをしのぎ、雨期がくると、一斉に地上へと出て行くのだという。そこで産卵し、子供を育て、やがては、また砂の中に戻っていく。
「あそこにある卵や生物をコレクションする、物好きな連中がいるらしくてな」
 一応、水さえかけなければ、生命活動を再開することはないというのは知っている。小さなものならば、鉱石だと言い張って持ち歩くことも可能かもしれない。
 もちろん違法だけれど。
「じゃあ、その状態で、ここに持ち込まれたと。税関は何していたんだか」
「その辺の失態に関しては、シャルギルが処理することだ。問題は、その持ち込まれた生物の方だ」
「でもここには雨期はないでしょ。よほどのことがなければ……」
 言いかけて、ため息をついた。
 その、『よほどのこと』があったのだ。
「持ち込んだ奴は、何を思ったのか、ホテルで『それ』に貴重な水分を与えてしまった」
「間抜けね」
「そういってやるな。そいつは元気になった『それ』に食われちまったんだからな」
 カラリスには、人を襲うような生物は少ないと聞いていたけれど、男はよほど運が悪かったらしい。
「相手は2体。ドーム内で暴れたあげく、外へ出て行ったらしいが、そのまま放っておくわけにはいかないということで、俺たちに声がかかった。ドーム外なら、俺たちの方が慣れているからな」
 観光客は、あまり都市の外へは出ないが、私たちは違う。職業柄、砂嵐があっても、外に出ないといけないこともあるのだ。
「で、その2体っていうのは、どんな形態なの?」
 仕事は受けるつもりだけれど、肝心なことを何ひとつ聞いていないことに気がついて、尋ねる。大暴れしたっていうくらいだから、相当凶暴なんだろうか? 大きさも気になるし。
「1体は、わかりやすくいうと、トカゲに似た姿をしている。実際のトカゲよりはもう少し平べったい感じで、手足が長いらしい。もう1体は―――そうだな。春花、地球に昔住んでいたっていう翼竜はわかるか?」
「わかる」
 昔、何かで見たことがあるから、姿はわかる。
「そんな感じの姿だってことだ。で、その2体を捕獲しろというのが今回の仕事内容だな。生態やなんかはここに詳しい資料があるが」
 悠基は、私に資料と、許可証を渡してくる。
 許可証は、政府公認のもので、これがないと、私たちハンターは『狩り』をすることは許されない。
 資料の方は、ほとんど嫌がらせといってもいいほどの分厚さだ。読むだけで1日はかかるんじゃないだろうか。これを全部読んだからって、簡単に捕獲できるわけないのに、と受け取った資料をぱらぱらとめくってみる。
「あれ? こっちの1体、この砂嵐の中でも飛べるの?」
 斜め読みしていた文章の一部で目をとめる。次のページには、大体の姿も載っていて、それには確かに翼のようなものがあった。
「さあな。ドームから逃げるのに、空を飛んでいたという報告はあったらしいが、俺が自分の目で見たわけじゃないから、わからん」
「ふーん、ま、どっちでもいいか」
 どちらにしたって、この惑星に育ったわけでない生物が、まともに飛行できるとは思えない。
 念のためということで、飛行形態を取れる私に仕事の依頼がきたってことなんだろう。
「それと、これは確認だけれど。本当に捕獲するだけでいいの? 別に貴重な種ってわけじゃないんでしょ」
 私の言葉に、悠基は唇の端を少し歪めて笑った。
「捕獲が無理なら、狩ってもいいそうだ」
 少なくとも観光客を1人は殺しているのだ。『捕獲』というのは恐らく建前なのだろう。上の人間は、私たちが常に飢えていることを知っているし、大体簡単に捕獲できるのならば、わざわざハンターに仕事を頼むはずがない。
「じゃあ、羽のある方が、私の担当っていうことでいい?」
「わかった」
 私は舌なめずりをする。
 久々の狩りだ。
 このところ、ずっと新鮮な肉を口にしていないから、すごく嬉しい。きっと、それは今感じているこの空腹感を満たしてくれるだろう。
 合成の肉とは違う、甘美な味を感じさせてくれるだろう。
「がんばらなくちゃね」
 私は、まだハンターとして未熟な方だから、油断なんかしたら怪我だってしかねない。悠基は強いから負けないだろうけれど、私は違うのだ。
 もちろん、ベテランの悠基は、私のことをフォローしてくれるけれど、基本的には、己の身は自身で守らなければいけない。
「とりあえず、いろいろ準備しないといけないから、一端家に帰ってくるね」
「わかった。22時に下のロビーで待ち合わせよう」
 そういって、悠基は一足先に、この庭園から出て行ってしまった。

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