緑の夢の庭

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  [5]  

 追いつくのは簡単だった。
 砂嵐に慣れているぶん、私が有利だし、相手はこんな天候の中で飛んだことがないように見えた。そのくらいに、羽の動きがぎごちない。
 心ない旅行者に違法に連れ出さなければ、今頃は惑星に訪れた雨期によって蘇り、広い空を思う存分飛んでいたのかもしれないのだ。
 けれども、ここはあの生き物の生まれ故郷ではないし、ただ独りきりだ。
 彼らは、きっと、この星では長くは生きられない。
 生態系が違うし、子孫を残そうにも、仲間が存在しない。
 私もそうだ。
 もし地球にいたならば、普通の人生を歩んでいたのかもしれないけれど。
 でも、思うのだ。
 生きているすべてのものは、結局は、自分が属する生態系からは、決して逃れることは出来ないのではないかと。
 生まれた惑星ではない場所で適応できる生物もいるというかもしれないが、実際は子孫さえも残せずに消えてしまう生命の方が多い。生き残れたものは、その星が自身の生まれた場所と偶然似ていたからではないかと、そう思ってしまう。
 適応していったのではなく、もともと適応できる環境だったから死ななくてすんだだけではないのか、と。
 私たちは奇妙な病気に感染し、生まれた星からはじき出された存在だ。体の造りそのものも変化し、食べるものさえ変わってしまった。
 きっと、ここでしか生きられない。ここから長く離れては存在できない。
 現に、母はスレイヴ・アグゥダを離れてから、10年も生きられなかった。
 私も、そうだったのではないかと思う。いずれは発病し、帰らなければ消えゆく運命だったのかもしれない。
 あの時、シャルギルに会い、すべてを知らなければ、例え生き延びたとしても、自分の体をもてあまし、悲惨な終わりを迎えた可能性だってあるのだ。


 長く伸びた首と、傷だらけの羽がよくわかるほどに、私は「それ」に近づく。
 相手は、私の気配がわかったのか、少しだけスピードを上げた。
 ほんの少しだけ。
 逃げ切るには、相手は弱りすぎているんじゃなかと思う。その証拠に、威嚇するように鳴く声も弱々しい。
 少し上昇して、相手に覆い被さるように上になった。相手は逃げようとさらに羽を動かすが、バランスを崩しそうなほどに、左右に揺れている。
 必死なのだと理解できるが、私だって引くことなどできない。自分の中にある、決して埋まらない空腹感が、自分自身をせかしているのだ。
 何故、と言われてもわからない。
 ごく普通の地球人として育った私は、昔は自分自身の牙で、生きている相手の息を止め、むさぼるようにその血肉を食らうなど、想像もしていなかったし、実行することなど考えもしなかったはずだ。
 反対に、そういう『人間にとって残酷なシーン』を映像などで見れば、眉を潜めていただろう。
 空腹でおかしくなりそうな感覚など、想像することも出来なかったし、体験することもなかった。
 体だけでなく感覚までもが変わってしまったのだ。罪悪感がないわけではないが、生きていくために必要なことと割り切った感情が存在する。
 それがよいことなのか悪いことなのか―――幸せなのか不幸せなのか。
 結局、よくわからないままここまで来てしまった。
 もしかしたら、このまま、何ひとつ理解できないまま、一生を終えてしまうのかもしれない。
 わかっているのは、こうやって獲物を狩るたびに、同じ事を考え続けるということだけだ。
 答えはあるのか、と。
 こんな状況で、考え事をする余裕など、本当はあるはずもないし、いつか命取りになるのではと思っているのに、どうしても止められない。
 今だってそうだ。砂嵐は収まらないのに、時間ばかりが過ぎていく。
 私は、雑念を振り払うように頭を振ると、目の前の生き物に視線を戻した。
 もう、飛ぶことさえも辛そうだった。
 このままだと、やがて地に落ちてしまうだろう。そうなる前に、けりをつけた方がよさそうだ。私だって、慣れているとはいえ、いつまでも砂嵐の中を跳ぶのは辛い。
 余計なことを頭から払いのけ、私はやや前方を飛ぶ相手を見つめた。
 誰に教えられたわけではないのに、相手の急所がわかるのがいつも不思議だ。
 生き物の構造というのは、どんな生態系の生物でも、似通っているからかもしれない。
 私は、静かに相手に近づき相手の体を足で捕らえ―――迷うことなく、急所であるだろう場所に向かって、己の牙を突き立てた。
 食い込んだ牙に、さして暴れることもなく、それは、ただ。

 ギィ。

 と、小さく鳴いて事切れた。
 生命力を失った体は重く不安定だ。落ちないように捕まえた足に力を込め、私は、用心深く地面に向かって下降を始める。
 ここで焦って落ちでもしたら笑いものだ。
 ご馳走を前に、気持ちだけが先行していたって、笑われそうな気もする。
 誰も横取りしないってわかっているわけだし。
 それでも、久々のごちそうによって癒される空腹感のことを思う気持ちを押さえることは出来なかった。

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